「鳴子こけし現代アート展」 と続・猫目小僧

ちょっと夜更かしして漫画を読んでたので起きたら11時近く、ちょっとびびった。11時くらいにウチを出よーか、とハハと話してたのにぃ~!(そんでも寝かせてくれてたあたり、ありがたい)
ともかく本日はハハと松戸へデート。もちろん「鳴子こけし展」を見に、ね。ウチを出て日暮里から常磐線に乗って松戸まで、ちょーど1時間半だった。駅からすぐ(3分)なのだけど、まずはランチ。と言っても2人とも松戸なんてのは初めてなので、わかんないから百貨店に入って、ちょっと遅めのゴハン。喉の渇きと空腹を癒し、ちょっとゆっくりしてからギャラリー宇へGO。場所はすぐわかった。

260本のこけしをずらーっと並べたらさぞかし壮観だろーなー、と思ってたのだけど、ギャラリーが広くて、棚の高さをいろいろ変えたり、ギャラリーのスペースもちょっと変形なので意外にすんなりゆっくり見ることができた。
いやぁ、いろいろあるだろな、と思ってたのだけど、ホントにそのとーりだった。“え、そんなのもアリ?”と思うほどデコレーションしたり削ったり何層にも色塗ってたり…「ちぎり貼る」なーんてかあいいもんよ!ヤラレた!と思ったのは、こけしの底にゴム印をつけた「はんこけし」。うわー、そーきたかーって感じ。一発で“あ、〇〇さんのだ!”と思えるってのは、やっぱりその人のオリジナリティが確立されてるってことだろな。あたしも「これ、ちぎって貼ってるからさゆきのだ」と思ってもらえたら嬉しいんだけど。
メジャー級作家さんのひとり、山口マオ氏は、有名なマオ猫こけし…と思いきや、何と「わにわに君」のこけしだったことにハハと大受け。あたしも甥のYGもこの「わにわに君」のファンで、サイン入りグッズ(あたしはTシャツ)持ってるんだもんねー。いやー、いいっすよ、わにわに。リアルでごつい顔してるとこが何とも愛嬌があって。
とにかく見応え充分の逸品ばかりで、紹介しきれないのが残念。(いや別にわかってる分だけ紹介しててってもいーんだけどね。別に苦じゃないし。でもべらぼーに長くなるでしょ、このブログが。ただでさえアホみたいに長いのに)

ところで「こけし」の名前の由来を「子消し」と誤解してる人が(あたしの周辺だけでも)すごく多くて、ウチにいっぱいのこけしを見る度に歯痒く思ってたのだけど、これをきっちり否定してくれている大野氏の文章が掲げてあったので嬉しくなった。
『こけしを「子消し」として、「貧しさから子供を間引いたことに対する贖罪」のように捉えている人がいますが、これは間違いです。まず東北には「消す」という言葉がありません。(中略) こけしは、木工職人が貧しくて人形が買えない子供たちに木片から作ってあげたのが始まりで、いくつかの総称があり(書いてあったけど忘れた~!)、昭和になって郷土玩具として広めるために「こけし」という名で統一させたのです』
ちゃんと覚えておこーと思ったのにうろ覚えの文章で恥ずかしいですが、ともかくそゆことなのですよ。『「こけし」を「子消し」と変換させるなんて、そんな人には何の愛情もなかったに違いありません』と、氏は静かに憤ってる文章も添えてました。同感!はー、すっとした。ありがとうです、大野隆司殿!

ところでものすっっっごく悩んだこの「ちぎり絵こけし」の値段。送るときに価格をつけなければならんので他の人の値段を参考にできず困ってたのだけど、悩んだ末の6千円てのが、まーそんなにひどいモンでもなかったことにほっとした。大体2000円~1万円あたりだったかな。もっとも、売れなきゃしょーがないのだけど、2000円で売れても後悔しただろーし、「適正価格」だったと思えたのでヨシとしよう。
松戸往復は(帰りに百貨店に入ってあれこれ見たってのもあり)、結構くたびれた。松戸どころか取手だの熊谷(だっけか?)あたりまで「ポケモンスタンプラリー」に行って来たYGとYGママには脱帽するわ。

さて、一昨日書いてそのまんまだった「猫目小僧」。友人から『がんばれーがんばれー猫目~、という主題歌を覚えてる』というメールがきて驚いたのだけど(そんなの記憶の片隅にもない!)、この「猫目小僧」で検索したらいろいろ驚くことがあったのでちょっと書く。(ちょっとどこじゃすまないくせに!)
まず検索筆頭に出てきたのが「06年、竹中直人監督による実写映画「猫目小僧」」で、いつのまにそんなものを!だけど、それを置いておくと、この原作が楳図かずおで(だから怖い気がしたのか~)、物語は「300年に一度、猫又から生まれるその子があまりにも容姿が人間に似ていたため、妖怪たちから嫌われ、追い出され、放浪の旅を続けることになった少年の話」だった。妖怪たちからは「人間」と罵られ、人間達からは「妖怪」と怖れられる彼が出会う人、妖怪、怪奇事件、というモノで「孤独と悲しみを知っている者だからこそ与えられる優しさ」がキーワードだったらしい。怖かったという記憶しかないのがえらく悔しい気分だ。
で、当時その「怖さ」を演出してたのが、子供心にも安易さを感じさせる「紙芝居チック」なとこだったのだけど、これは「アニメーション」ではなくて「劇ネーション」と呼ばれた実験的手法で、切り絵を動かしたり特殊効果を使用したりして作ってたんだそーだ。そーだったのかー。当時のテレビは「低予算でいかに革新的な作りをするか」、大人たちがシノギを削ってた感があるよな。いまは「実験」や「革新」を試みないで「視聴率確保」に走ってるだけって感じだけど。

とー、やっぱまた長くなったー。毎日“大体こんくらい”みたいな目安を儲けてる(はず)なんだけど、ひとつについて語ると長い…語らなくてもそれなりに長い…こーゆーのを「処置なし」とゆーのか。『バクマン』の続きでも読もっと。
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by yukimaru156 | 2009-08-19 01:33 | 行った観た読んだ | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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