ディーン効果と百万両箱

印象的なフレーズやメロディなんかが頭の中をぐるぐるぐるぐる、食事しててもトイレ行っててもちぎっててもぐるぐるぐるぐる廻ることを「ディーン効果」と呼ぶのだそーだ。あたしの経験からすると、これは大抵の場合好き嫌いに関係ない。ファンかどうかも、直前に聴いたかどうかも関係ない。ただただ“なぜこの曲がこのタイミングで?”と思えるときに「廻る」のだ。そんでもってこの曲にはなぜか「終り」がないのも特徴。かつてポリンキー(♪ポリンキー、ポリンキー、おいしさっのひみつはね)に苦しめられたことに比べればどってことないかもしれないが、昨日から苦しめられてて今日もまた、ってのがむかつく。
いまもまだ廻ってるのが『サンタクロースが街にやって来た』だ。『Santa Claus Is Coming To Town』ではない。同じ曲でしょ、と思ったあなた、それは間違いだ。なぜならあたしの頭を廻ってるのはこれだからだ。

  ♪ ほら聴こえて くるでしょ やわらかな鈴の音が サンタクロースがやって来る

そう、つまりおこちゃま向けの「日本語歌詞」の方。しかもタチが悪いのは、あたしはこの先の和訳歌詞を知らないってことだ。つまりこのフレーズだけが廻ってる。

あんまりハラが立ったので、CDの『クリスマス・エイド』を引っ張り出して、ポインター・シスターズのこの曲を聴いた。誰でも知ってる名曲ではあるけど、この歌詞を知ってる人ってどのくらいいるんだろか。あたしは(このアルバムを持ってるのに)初めて知った気がした。冒頭の和訳歌詞部分は直訳ではこうなる。

  ♪ 泣いたりしちゃいけない ふくれっ面してはだめ どうしてかって?
    だってサンタクロースが来るんだから

こーなると、いかに和訳が違うかがわかる。つまり“この先の和訳歌詞が知りたい”と思ってもあまり参考にはならんわけだ。直訳の歌詞は以下のように続く。
「プレゼントのリストを作って/間違えないように見直して/言うこときかない子は誰か/おりこうにしてる子はどの子か/ちゃあんと見てるんだから/サンタクロースがやって来る」
子供向けとはいえ、いい歌詞だなぁ。和訳もこんなニュアンスで出てるのかなぁ。全然違う気もするけど。
そーいやちょっと前に話題になった『大きな古時計』も直訳歌詞は全然違うのだよね。おじいさんは出てこないんだ、確か。あれでおじいさんが出てこない歌詞だと、情緒もへったくれもない気がする。しかも訳した人が不明ってんだから切ない…と思うのはあたしだけか?だって後世に残る名訳だと思うんだもん。(つーか既に「訳」ではないよな、といま思った)

まーともかくディーン効果と静かに戦いつつ、本日は1日使って作品選別と梱包と箱作りとその他もろもろに終始した。まいっっっどのことで読む方もでじゃぷに襲われると思うけど、敢えて自分突っ込みとして書く。
 スペースに並びきれない大荷物を持ち込むことにどれほどの意味がっ?!
まだこの荷物にテーブルだの何だのと持つ気でいるのだから、そのうちマジで肩が抜けて腰がくだけるだろう。でも持ってくんだろーなー。学習能力のなさもあるけど、「何をほかしてくべきか」の判断が出来ないのだ、きっと。だからみんな持ち込もうとする。シンプルに、それぞれにすごく価値があるような素敵な並べ方をしたいといつもいつもいーっつも思ってるのに…。

昨年の誕生日だったか、今年の正月だったか、オトート1号がプレゼントに「百万両箱」ってのをくれた。ぺらっぺらのボール紙製で、真っ黄色に黒の太字で「百万両」と書いてあるやつ。中身はうまか棒とかの駄菓子がいっぱい。(こーゆーのを嬉々として買うのが1号だ…って、もし違う人がくれたモノだったらごめんなさい。何か記憶があやふやで確信が持てなくなってきた…) 
ともかくそいつにミニ額とかいろいろ詰めてくことにした。ばらばらに箱に入れると出したりするときメンドなので。それになかなか目立ってよろしい。置いておくとアイキャッチになっていいかもだ。捨てないでちゃんと取っておいてよかったー、と思いつつも、ふと「ちぎり屋さゆき」の看板の立場は?とか思ってしまった。いま作ってんだけどね。でもどー考えても「百万両箱」の方が目立つよな。それなりにでかいし。
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by yukimaru156 | 2009-10-22 00:44 | そんな1日 | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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