火のくつと風のサンダル U・ウェルフル著/モモ M・エンデ著

あろーことか、甥のYGからの電話で目が覚めた。時計を見たら11時半で相当びびった。一昨日は5時に寝て9時半に起きたのに、何で昨日は3時半に寝て11時半なんだ?!おっかしぃなぁ~。ちと寝すぎだ。いろいろ予定があったのに。
用件は、こないだあたしの部屋に来たときに(あたしがドックタグを作ってる間)読んでた「火のくつと風のサンダル」を置いておいて欲しい、とゆーもの。これは被災地に送る絵本として買ったものだけど、途中みたいだったから『持って帰っていいよ』と言ったのに置いてったんだよねぇ。「ワンピース」の話とか、ハキハキ元気に喋ってたけど、最後に『宿題がんばれよ』と言ったら一気にトーンダウンした返事で笑ってしまった。

さてその児童書。
クラスで一番チビででぶのチムは、いつもそのことをからかわれてしょげてる。家はとても貧乏で、靴屋のお父さんと洋服を仕立ててるお母さんとの3人暮らし。(この2人がとてもいいのだ!) コンプレックスの塊みたいなチムに、あるときお父さんが提案する。毎年夏はお父さん1人で出稼ぎに行くのだけど、今年は一緒に旅をしよう、と。新しい靴(チムには赤い靴、お父さんはとても軽いサンダル)で、2人は旅に出る。行く先々でお父さんは靴を直し(やっぱり持つべきものは「手に職」!)、代わりに食事や寝床を借りたりする。すごい冒険があるわけでない。村がなくて野宿のときもままある。それでもお父さんは全然気にしないし、チムにとてもおもしろいお話を聞かせてくれたりする。このお話ってのが想像力が豊かで楽しくて最高なのだ。ウチが貧乏でもこんなに素敵なお父さんだったら許す!みたいな。ひと夏の終わり、相変わらずチビででぶなチムだけど、でも人としてしっかり成長したな、と思えるのがまた嬉しい。YGにはぜひ続きを読んでもらいたいので当然置いておく。

そして『モモ』。買ったはものの、じっくり読んでる間がなくて送るのをずっと先延ばしにしてた。昔読んだかどーか記憶が確かではなかったのだけど、時間泥棒たちのこととかカメとか「後ろ向きで入る家」とか、読みながら思い出す感じで、てことはやっぱり読んだんだろな。
小学校5、6年生向き、とあるの割りには“これはちょっと難しいのでは…”とか読みながら思ってしまった。(でも読んだってことは、わからないところがあっても充分楽しんだ、てことだろう) 時間泥棒の正体とか理屈とか、時間そのものに対する概念みたいなものだけでなく(これはまぁ、何となくわかるものだと思うけど)、「謹聴」とか「情状酌量」みたいな熟語だ。その意味することがわからなくても、雰囲気でわかる…かな。自分はどーだったか考えるとわかんないんだけど。

モモは、素性も年齢もわからない浮浪児で、町外れの、いまは廃墟と化した円形劇場に住んでいる。彼女の特技は「人の話を聞くこと」。(これのできない人間の何と多いことか!) 町のみんなに慕われて、食べ物をもらったり、子供たちが遊びに来てくれたり、毎日を楽しく過ごしている。そこに現れる「時間泥棒」たち。彼らの「時は金なり」の理論で、人々はやがて「時間の無駄」を何よりも嫌うことになり、せっせと「時間貯蓄」に励むようになる…何かおかしい、ヘンだ、と気づいて彼らに果敢に挑むのはモモただひとり!って話なんだけど、展開がわかっててもやっぱりわくわくするし、楽しい。やっぱり児童書でもいい本てのは大人も理屈抜きにしても楽しめるもんなんだよねぇ。
最後に作者自身のあとがきとして、この話はとある列車の中で見知らぬ紳士から聞いた話だ、と書いている。そしてその紳士は話をこう結ぶのだ。
『私はこの物語を過去にあった出来事のように話しましたね。でもそれを将来起こることとしてお話してもよかったんですよ。どの道、そんなに違いはありません』
う~ん、上手い。つか、奥が深い。彼のほかの作品も探してみなくては。ちなみに岩波書店のハードカバーのこの本、挿絵は(表紙も含めて)エンデの描いたもの。作品とぴったりの素敵な絵で、お父さんが画家だったとはいえ、才能あるんだなぁ~と改めて思ってしまった。

あぁ、やっぱり書くスペースがなくなってしまった!
今日はそば屋出勤前に原宿の太田浮世絵記念館へ「芳艶展」に行ったのだ!そのことも書きたかったのだけど、するとまたさらに長くなってしまうので明日ってことで。
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by yukimaru156 | 2011-08-26 02:42 | そんな1日 | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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