沖縄の思い出 と明日の搬入準備

雪丸ンちの洋間には沖縄の「芭蕉布」の紅型の額がある。(馬が7頭の絵だ) むかぁ~し、かれこれ40年以上前、あたしたちが沖縄にいたとき(あたしが幼稚園の頃)、リョーシンが買い求めたモノで、「芭蕉布の紅型」ってえらい高級らしい。ホントはこれで着物にするんだけど、それはさらに高価なので、柄の一部(1メートルくらい)を表装してもらったのだ。芭蕉布ってのはハハいわく『バナナの葉に似てとても大きくて、その繊維で着物にするととても涼しく過ごしやすい』のだそーだ。

ま、ともかくそーゆー額があるのだけど、ガラスがはまってなくて剥き出しなのと、長い年月で劣化してる上、直撃ではないもののエアコンの風によって端がめくれてきた。そのめくれ部分がぱたぱたするよーになったので『いっそのこと外そう』となり、今朝はまずこの大仕事から。「大仕事」と思ってたけど、意外にそーでもなかった。ぱたぱたするのは表装した部分で、本体の布は問題なく、紙を剥いで洗って「布」に戻した。これをもう一度表装するとなると、またえらい金がかかるんだろうなぁ。
額の後ろに古新聞が敷き詰めてあって、日付を見たら昭和47年の4月21日。浅間山荘で事件起こした連合軍の永田の獄中の様子だとか、米軍の艦隊がどーしたこーしたとか(ベトナム戦争はまだ終結してなかったっけ…)、そゆ記事があった。新聞は「沖縄タイムス」。返還前?あとかな?あれは何月なんだっけ。あたしは「沖縄返還前後」またいで在住してたので、どっちなのかよーわからん。返還前だな、たぶん。

当時のカルチャーショックって、学生の頃初めて行ったアメリカより数倍も激しかった。靴下履いて幼稚園に行ったら笑われたし(暑いので誰も履いてないのだ)、幼稚園の天井にヤモリが何匹もいて“うわぁ~”と思って眺めてたらそれは「ふつーのこと」で『よそ見しない!』とか怒られたし、ゴキブリ踏んづけるし(暑いからものすごーく鈍いのだ!東京戻ったら今度はゴキブリのあまりの素早さにびびることになった)、大体、何喋ってるのかよくわからない。方言がきつすぎて最早「外国語」。向こうは向こうでこっちの言ってることがわかんなかったらしいけど。

話がそれた。
そんな「沖縄の思い出」をひとつ外して掃除して、クリスマスのあれこれをしまって、それからせっせと明日の搬入準備。まだちょろっと残ってはいるけど、それはこれからやるつもり。ま、搬入は3時だしね。問題は賀状だぁね。昨夜、ブログを書いてからまた格闘して、何とか無事、100枚にたつのおとしごを印刷できた。終わって風呂入って寝たのが午前5時前だよ?信じられないっしょ。なーんで毎回毎回、こーも時間を取られなきゃならんのだ。しかもただのワンボイントだから、「両面手書き派」のあたしとしては「完成はまだまだ先」。考えるだけでぞぞっとするわ。いつ出来るのかしら、これ。

そしてそば屋も混み混み…腰が痛くなってまいった。気がつくと「とんとん」してんのよね、ババくさい…湿布しといた方がいいのかなぁ。ま、明日から2日間そば屋オフなので助かるけど。
今年の出展(店)の売り上げの1割を震災支援金にする、と決めてムック貯金箱に入れてたのだけど、そのお金を出して(ここで発表して)寄付するつもりが、まだ手をつけてない…確か“これをクリスマスの日に入金しよう”と思ったはずなのに。クリスマスじゃなくて「お年玉」かなぁ。でも年末までにした方がすっきりする気がするな。さーて、いくら貯まったんだか。“こんなモンか?”な気がして、発表するのも恥ずかしそーだ。
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by yukimaru156 | 2011-12-27 01:41 | そんな1日 | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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