入学式はオフ会? と1号への誕プレ といいコピー

昨日、帰りの電車でちょっと気になる、とゆーか「いまどき」なんだろーけどちょっと怖いとゆーか“どーなんだそれ?”と思ったことがあったので書く。

ムスメさんがこの春から大学生になったのだけど、入学する前にその学校の新入生をラインでチェック、どんな人たちが入るのかを事前に見て(?)、フェイスブックを通して「知り合い」になり、入学式は既に顔見知り、と言うより「オフ会」みたいな状態になる、て話。つまりそれをしていない人たち、というのは既にスタートラインからして異なるわけで、仲間の輪に入れなかったりすると言う。これは既に高校入学から始まってるのだそーで、『それをしておかないと不安だし怖い』と言うのは、まぁみんながやってるならわかる気もするけど何かちょっと違わないか?と思ってしまった。
周囲に誰も知ってる人がいない、というドキドキ感は決して「怖いもの」ではないはずだけど(そりゃ多少はあることは否定しないけども)、ちょっとでも不安とか怖いとかいうキモチを「まず回避するためにあらゆる情報を駆使して集める」というのは、どうなんだろう?その程度の冒険(?)すらも嫌なの?ドキドキして楽しいとかないの?学校生活からしても「安定志向」「安全第一」で走りたいの?それを「退屈」とは呼ばないの?といろいろ考えてしまった。

『否定はしないけど肯定できないねぇ…』
というのが帰りの車内での3人(子持ち2人含む)の会話だったのだけど、こういったことが既に「当然のこと」で「今後さらに加速してく」のだとしたら、この社会はどうなっていくのだろう?あたしがちょっと怖いなと思ったのは、ラインだとかフェイスブックを「チェックしない、まっさらな状態」で来た子たちが「あの子たちは知らない」という理由で敬遠されてしまうのか?てことだけど、それはないとしても、スタートから異なる、というのはやっぱりフェアじゃない気がする。フェア、アンフェア、て話じゃないのかもしれないけどさ。

今日は姪のHRのオーダーを制作(まだ途中)をして、それからハロワに行って求人状況を見てきた。そこんとこはまぁおいおい書くとして、帰りにオトート1号の誕生日プレゼントを探した。プレゼントで一番困るのは
「これが好き(欲しい)とゆーことはわかってるが、自分の好みではないのであげたくない」
てことだ。あー、こゆの好きだよね~、鉄板だよねーある意味ー、でもあげたくないよぅ、ごめんねぇ~、みたいな。それでも予算内ならまだしもちょっとオーバー、だとね、悪い、で戻させてもらう。(無理することもあるけど稀だ。そもそも彼からもらうプレゼントでムック以外に大喜びだった試しはない) 
結局、未読だとゆー本にしたのだけど、そこでふと「聖☆おにいさん」のポスターを見たら、あまりにも素晴らしいキャッチコピーに思わずココロで拍手した。

   祈ろう、拝もう

このマンガ、つい先ごろ映画にもなったけど(いま公開中?)、立川の安アパートに「休日を満喫しに来てる」、「キリストとブッダ」の話なので、このコピーは秀逸だ!と思った次第。そもそも「祈る」ことと「拝む」ことって、似てるよーだけどちょっと違うし、でも動作としては一緒だし、みたいなおかしさがあるよね。上手いなぁ。上手いコピーを見た(読んだ)日はイイ気分になれるから不思議だ。
[PR]
by yukimaru156 | 2013-05-14 02:04 | そんな1日 | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


by yukimaru156