何とか梱包 とダメなものはダメ と『バウンダーズ』
「小さい額展」の、ギャラリーから送られてきた作品書(納品書)にタイトル書いてたら、長すぎてえらいちっこい字になってしまった。読みづらくてごめんなさい、だ。一緒にタイトルカードもあって、そっちはとりあえず納めたんだけどね。
ハハに絵を見せて、いくらくらいがいいかと尋ねたらば、想定外の安さに思わず絶句した。いくら何でも3桁はないだろう!ちょっとむっとして、『額代を引いたら残んないじゃん!』とぶーたれる。結局、最低でもこのくらいは欲しい、という値段にした。この展示即売会、売り上げの30%が「ふくしまこども基金」に寄付されるので、そこんとこも踏まえて見てもらえると嬉しいです。
そーそ、ハハが『先日の梅干しのお礼に』とかってんでおっきくて肉厚なシイタケをいっぱいもらってきた。うげげ。『網焼きして食べたいなぁ~』と言うので、それはあたしのいないときにしてくれと頼む。(あたしはあの焼いたときの匂いで卒倒しかけたことがあるのだ!いやマジで!気分悪くてベットで毛布かぶって寝てたんだから!) 今夜の夕飯はどーするか、て話でゴーヤチャンプルに決定したのだけど、ハハがしょーこりもなく『そこに入れてもいい?』とゆーので速攻却下。断固反対、絶対阻止!と叫ぶと、『…わかってるわよぅ』としゅんとさせてしまった。ちったー悪いかなとも思うんだけどさ、ダメなもんはダメなんだもん。食卓に並んでるだけで目のやり場に困って吐き気もしたくるんだもん。しめじもエリンギもマイタケも大丈夫なんだけどね。あ、でも昔はきのこ全般ダメだったんだよ。いま、シイタケだけが残ってる、て感じ。何てかって?前世はきっとシイタケにあたってえらい目に遭ったんだよ、きっと。マツタケも食べれるけど、例えば料亭とかで『マツタケご飯と白ご飯、どちらがいいですか』と訊かれたら迷わず白ご飯と応えると思うね。訊かれたことないけどさ。
岡山の豆本展とくるみギャラリーの「小さい額展」の梱包だの何だのと済ませて、ほっとひと息。と思いきや、同封する名刺がなかったりで結局まだちょっとあたふたしてるんだけども。
数日前から、1、2章づつ読んでた、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの『バウンダーズ~この世で最も邪悪なゲーム』を読了した。
う~、何つーか、説明もしづらければ、後味もよろしくない…児童書扱いのハードカバーで、おもしろかったら甥のYGにあげよーと思ってたんだけど、微妙。なるほどホントに「最も邪悪なケーム」だ。人が殺しあうとかいうようなゲームではなく、いくつも並行する世界をいじって遊ぶことなんだけど、<あいつら>のそのゲームを見てしまったがために、それらの世界の境界を彷徨うことになる少年ジェイミーの話。ゲームの駒ですらなく、<あいつら>にとってイレギュラーな存在となってしまったために「バウンダーズ(故郷へ向う者)」として延々と、100以上もの世界を彷徨うことになるジェイミー。果たして彼は故郷へ帰れるのか、そして<あいつら>に報復することはできるのか?
彼女の本を読むのはこれで4、5冊目くらいだけど(知らない、とゆー人も多いでしょーが「ハウルの動く城」の作者、といえばわかりやすい?)、意外な展開でそこそこおもしろいと思うのにいまひとつ、な気分になってしまうのは「主人公たちに共感しづらいからだ」ってことに気づいた。キャラとして薄いのかな?一緒になってどきどき、てことがない。ラストもハピエンではないしねぇ。児童書だからって必ずしもハピエンでなくていいと思ってるけど、これはどーだろ。ある意味、『ダレン・シャン』に似てるか。そー思えば悪くない気もしてきた。明日、YGが来るのであげちまうか。