忘却は幸福か否か と病室に飾ってた絵

予報では天気だったはずなのにどんより暗くて、買い物へ出よーとしたら降り始めた…ありゃ~、今日もガラス市なのになぁ。ま、あそこは雨天決行だし、このくらいの降りでは問題ないと思うけどさ、客足に影響するからねぇ。でもその後、本降りには至らなかったから大丈夫だったかな。
昼食中、ハハが
『お父さんはもうあのままだろうし、病院を出ることも変わることもないだろうから、あなたは好きな仕事していいのよ』
と言った。一瞬、何のことやらわからなくて、それから頭に浮かんだのがどーぶつ病院のことで、それは好き嫌いでやってることではないので、『たとえばどんな?』とゆー、とてもマヌケな質問をしてから、ハハが「ちぎり屋を復活したら」て意味で言ったてことがわかってちと動揺してしまった。何だろ、何か全然「ちぎり絵」についてちらりとも浮かばなかったんだよね、自分でもびっくりするくらいに。「ちぎり絵(屋)=仕事」の図式が出てこなかったんよ。リョーシンのこととか我が家の財政のこととか、もしかしたらこのままずるずるケッコンしないかもしれない自分の将来のこととか、そゆのがばばっと頭ン中占めてさ。好きとか嫌いとか以前の問題で「ちぎり」が入る余地がなかった。ふぅ~む。どゆ意味かね、これは。

ともかく今日はあたしが見舞いに行って、あれこれ持ち帰らなくてはならなかったので、昼食後に出かけた。病院地下のコンビニで珈琲買って、チチの病棟へ。ぱっちり目を覚ましてた割には会話が成立せず、声もちゃんと出てない。昔のこと(仕事だけでなく、家族との思い出やじーちゃんばーちゃんのことなんかも含めて)について話を振っても、何ひとつ覚えてなかった。何かについて「想う」ということもないみたいだ。さぞや日々退屈だろうと思うのだけど、それすらも思うことはないらしい。どんどん言葉も忘れてて、それを探すのも億劫、みたいな感じが近いか。(でも見舞いは毎日して欲しいらしい。あたしが誰かも、昨日誰が来たかも忘れてるのに)
「忘却」は幸福か否か。悲しい、と思うことすらないのだとしたら、それは「不幸ではない」、と言えるのかな。d0078532_0483398.jpg

さて、これは病室の一角。ベットの横にあるのだけど、テレビは薄型で、かつ結構なでかさなので他のモノが置ける余地がまるでなし、なのがわかると思う。だって「必須」な私物のティッシュボックスすら立てて置くしかないんだよ? 細いクローゼットの前には痰吸引をやりやすくするためのミストの機械があるし、酸素とか口腔洗浄のための器具とかガーゼや手袋揃えた可動テーブルの端にやっとCDプレーヤーを置かせてもらってる手狭さ。「彩り」や「個性」の入る余地まるでなし、の殺風景さがもーたまんなくて、この絵をかけた、てわけ。見る度にアラが目立って、“あぁ、何てヘタレなんだ…”と凹むのだけど、看護師サンたちや訪れた数少ない見舞客には好評だった。持ち込んだのは3月も末で、何でもっと早く(この絵かどーかは別として)「目の保養のための色彩」を飾らなかったのかなー、と悔やむことしきり。でも入院当初は、何とゆーか「殺風景な空間だなー」と思ってはいても、だからどうする、と考える余裕もなかったんだよね。

今日はこれを持ち帰ったのだけど、壁(つか隣の人との仕切り)から外したら、チチが何もない白い仕切りを見つめてひとこと『ぽっかり』と言った。うん、ぽっかり空いちゃったね。転院先でこの絵の持ち込みが許可されるといいのだけど、どうだろなぁ。花(アレンジ、ドライその他含め)、フレームや置物といった私物の持ち込みは不可となってるから、スチロール版のこの絵はちょっと微妙? 壊れ物ではないから、イイんではないかと思ってるんだけどねぇ。ダメだったらどーしよーか。
チチがこの絵を気に入ってたのかどーかわからないんだけど(『いい?』と訊くと『いい』と言うし、『たいしたことないよね』と言うと『たいしたことない』と言う、「反復」なのだ。だから何に限らず質問は難しい…)、次はどんな絵がいいかと尋ねるとちょっと考えて『これでいい』と言ってた。ホントにこれでいいのかなぁ。先日訊いたときは『桜』とか言ってたくせに。で、葉桜の時期に桜かい、と思いつつ作る気になってたんだけどなー。さーて、どうしようか。
予備のバジャマ(だけで4着持参してた)やCDプレーヤーとCD、洗濯ものなんかで結構な荷物になった。雨あがってくれてて助かったわ。
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by yukimaru156 | 2015-04-20 01:23 | そんな1日 | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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