セール前に「真田太平記」 と「ありがとう」の反対語 とチチの名言?

病院へ見舞いに行く前にすちゃっとB・オフへ行ってきた。池波正太郎の『真田太平記』全12巻を買いに。108円だけあってちょい傷んでるよなーとか、G.Wのセールまで待ってもあったかもなーと思いつつ。でも1冊でも欠けてたらヤだしね。12冊で1296円。ま、こんなモンじゃないかね。あ、あと『南国トムソーヤ』も2巻まで買った。こちらは216円。3巻で完結なので、3巻は360円の2割引きまで待つつもり。この、うめって人のマンガが読みたいと思ってたんだけど、『大東京トイボックス』とか、10巻あってさらにスピンオフとかあるからバショ的になーと思っててさ。ま、3冊でも3回買えばバショ的には一緒なんだけど。

ちょっと前、2人連れの女性の1人が財布を開けたときにカードを1枚落として。本人気づいてないみたいだったから拾ってあげたのね。『うそ、やだー』『危なかったねー』。で、終わりかよ? 拾うんじゃなかったぜ! てなことがあったのよ。
そんで今日。いつものよーに病院の地下コンビニで珈琲買って淹れてたら、隣のマシンで「カップを買ったものの、どうすればいいのかわからない」な人がいたから、横から教えてあげたのね。
『ああ』
って、あーで終わりか? そんでこっちも見ずにドリップに注目しててさ。当然、あたしの方が早く終わったからさっさと出たけど、なーんだかなー、と思ってしまった。社会人としてそれなりのジンセ歩んでるんだろーけど、『ありがとう』のひと言が出てこないってどーなの? 省略しても何の問題もないと思ってんのかね。「ありがとう」の反対語は「あたりまえ」なんだぞ。見知らぬ他人が助けてくれるのを「あたりまえ」と思ってるってことなんだからな! と怒りはしなかったけど、今度困ってるとき「誰も助けてくれない、みんな冷たい…」とか凹むがいいわ。

ま、そんなアホらしくて怒るのもバカらしいことがあってからチチの病室へ。最近のチチの記憶回路断絶率はハンパなくて、あたしやハハの名前や顔もだけど、住んでるとことかどこに勤めてたとか、学校の名前とかクラブとか少年時代のことまで忘れてて、『思いつく名前を言ってみて』と言っても『何もない』だし、持って行った庭の花(今日はビオラと卯の花)なんて論外。あたしが、『じゃあ、何も覚えてることはないんだね』とちょっと寂しい気分で言うと、この先の記憶に残るであろう名言。

『だいじょうぶだよ』

何が大丈夫なんだ、どー大丈夫なんだゆってみてよ! と突っ込みたいとこだったけどそこはぐっとこらえて、でもやっぱり『何が?』とは訊いてしまった。まぁ、案の定その「何が」という問いに対しての返事はなくて、そもそも「主語がなくても」大丈夫、てことだなーと妙な納得までしたりした。
またこの言い方がさー、何てゆーのかね、「お花畑」な感じなのよ。ほんわかのほほん、みたいな。何もかも忘れても問題ないよ、大丈夫だよ、という。そこには何の根拠もなくて、昔から楽観的な人ではあったのだけど(それこそ羨ましいほどに)、楽観のさらなる極み(?)の達観にまで超越したかのような『だいじょうぶだよ』だった。(あとでどーぶつ病院のAOセンセに言ったら、『でもお父さんといい時間過ごせてるじゃない』と言われた。そのとーりかもしれない)

いま、病室には「語録双六」のサカナの絵が貼ってあるのだけど、今度は何にしようか、と尋ねてみた。『花?』と言えば『花』と答えるし、『動物がいい?』と言えば『動物がいい』と答える(つまり反復してるだけ)とわかってるので、『動物にするとしたら何かね』と訊いてみた。ずーっと返事がなくて待ってたら、やっと言ったのが
『こあら』
て、あのコアラ? ホントに? と聞き返すとそうだと言う。昔見て、かわいかったのだそーだ。あー、そーいやオーストラリアに行ったよね、そこで見たんだ、とゆーと『そう。かわいかった』。ふふーん。何か意外な気がするけど、もふもふ系が好きなのかもなー。今度ぬいぐるみでも持参してみるかね。







 
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by yukimaru156 | 2015-04-29 02:00 | そんな1日 | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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