「がんばれ」とも「がんばらないでいいよ」とも言えない

深夜から明け方にかけて電話はなかったので、泊まったオトート1号もあたしも仕事に出かけた。携帯(チチのを使ってる)をバイブにして持ち歩いてはいたのだけど、それが震えることはなかった。普段より早めの11時半に仕事を切り上げ、病院の外に出てすぐ電話を入れる。
『昨日より数値がずっと悪いけど、いますぐというわけでもなさそうだから急がず来て』
という内容だったので、一度帰宅して着替えてから向かった。

12時半くらいには到着して、すぐに担当の先生に呼ばれ(あたしが来たら来るようにと言われてたようだ)、ハハと2人でチチの昨日のレントゲンを前に説明を聞いた。肺はもうほとんどモヤがかかってて、どこの数値も悪く、これからさらに悪化するだろうという見通しだった。
『今夜もつことが出来ても、この2、3日だと覚悟しておいてください』
そう言われるだろうと覚悟はしてた。むしろ、あたしが到着した時点でダメなのかと思ってたので、ほんの少し猶予が生まれたのかと思ったくらいだ。

病室に戻り、チチに何度も呼びかける。意識が混濁してても、聴覚は生きてて「ちゃんと聞こえてる」と言われるのだけど、名前を呼ぶ以外に何と声をかけていいのかわからない。『がんばって』と言うには酷な気がするし(すでに人の何倍もがんばってるのだ)、かと言って『がんばらなくてもいいよ』とも言い切れない。
どーぶつ病院での1年半、わんこにゃんこたちの「死に目」にはいくつか遭ってきたし、飼い主が必死に『がんばって』と呼びかける傍らで先生が
『もう充分がんばりましたし、「がんばって」と言われるとさらにがんばろうとして余計苦しむことにもなります。「もうがんばらなくていいよ」と言って送ってあげてください』
と言う場面にも立ち会った。でもこれはケースバイケースでもある、と思う。がんばれば持ち直すことが出来る場合もあるのだから。
そしてチチの場合はどうなのだろう…傍らに立つ人は、それをどこで判断すればいいのだろう。もう充分がんばった、とは思う。でも、だから心置きなく逝っていいよ、と言い切ることが出来ない。すべきなのかもしれないけど、心情的に出来ない。それはつまりあたしの覚悟が出来てない、てことか。

血圧の上の数値が60以下になったら昇圧剤を使う、と言われていて、一時は66にまで落ちたのだけど85まで持ち直し、酸素も(マスクで最大値の10リットルまで上げてるけど『それを吸引する力がもうない』と言われた)、80以下を前後していたのが90~95近くまで上がった。一時37度8分まで上がった熱も、夜には36度6分。夕方にはオトート2号のカミさんのHRママ、そしてオトート1号が到着し、帰宅して容態がまた急変したとしても(1号の車があるので)3、40分で駆けつけることが出来る、ということで自宅に戻った。深夜12時現在、病院からの連絡はない。まだわからないけど。
明日の納品予定はキャンセルしたが(そもそも昨日仕上げる予定だったモノが出来ていない)、仕事には行くつもりしている。いまの段階では。
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by yukimaru156 | 2015-06-26 00:11 | そんな1日 | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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