ありがとうな気分ではないのだ、すまん

昨日は集中力が続かないでちーっとも前進しないことを湿気と眠気のせいにしてたが、たっぷり8時間寝たら(湿気は変わらないまでも)、バイトまでの数時間集中して、何とか3枚の絵の「貼り」を完了することが出来た。あとは仕上げと手直しの1割で完成、てとこかな。
ただ、仕上げてから“あ~、やっぱりここはこの色ではなかったのかなぁ…”と思ってしまったのも事実で、3枚並べて眺めてちょっとため息。

ここ最近、「ちぎり屋復活おめでとう」のメールをいくつかもらう。自宅での介護から解放されて、こうして制作を再開できたことへの「おめでとう」なのだとわかってるけど、少々フクザツだ。都庁展示も豆本フェスタ出店も(そして三茶への参加応募も)、すべて父の存命中に決めたことで父が亡くなってからではない。ただ、入院したことで自宅介護から解放され、これで制作時間が持てると思ったのは事実だけど。でもオメデトな気分ではないのだよね。なので素直に「ありがとう」とは言えない、ごめん。
このまま「ちぎり屋復活」でどこまで行けるのか、とも思う。足場は不安定なままだし、父に何かあったときすぐ駆けつけることが出来る、という理由で始めた(近所で短時間の)どーぶつ病院の仕事だから、父亡き後は続ける理由がないと言えばない。まぁ、いま辞めたら迷惑かかるのは目に見えてるし、しばらくはいるつもりでいるけどさ。その「しばらく」てどのくらい? とか、「そしたらそれからどうする?」とか、自問せずにはいられない。(つか、どうするか決めてからでないと辞められないやね)
ホント、どーしたものかな。

没後手続きの諸々は義妹やハハに任せっ放しで、申し訳ないなーと思いつつも制作に専念させてもらってる。双方が落ち着いてきたら、今度は遺品整理だ。こいつらがまた厄介なんだけど。骨董品に近いモノ、じっさまばっさまのモノ含めて、この「まさしく昭和」なウチの風通しを良くしないとね。それもハハが元気なうちに。
そのハハがふと『お父さんとまともな会話をしたのはいつが最後かしら』とつぶやいた。入院前から(あんなに饒舌だったのに)口数は極端に減ってて、『いいよ』とか『そうだね』とか、あるいは『わからない』『忘れた』ばかりだったから(何かをしてやる度に『ありがとう』ともよく言ってたけど)、「まともな会話」となるとちょっと考えてしまう。ディサービスやヘルパーを利用するようになったころは、もうそんな状態だったように思うし。何年か前、父が社報に一文を載せることになって、その原稿(報道記者当時の父の仕事の話で、南極から戻ってきたタロジロを迎えたときのこととか)を読んで『ここのとこの文章がおかしいよ』と説明してもわかってもらえなくて…なんてことがあったなぁ。現役のときは山のように原稿書いてたくせにとか思ったことを覚えてるわ。

父のこと書き始めるととりとめなくなるのでこのへんで。
そーそ、今日(どーぶつ病院に勤めて初めて!)、わんこの寝言を聞いた。びっくりした。預かってるチワワでさ、なーんかごにょごにょ言ってるんだよね~、ちっさい声で。何て言ってるかって? んなんわかんないよ。そもそも連中は起きてるときだって何言ってるかわかんないじゃんか。
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by yukimaru156 | 2015-08-23 01:36 | 我思う | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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