『64』前編 とデカトラックめ! とりんごの格言

ハハと朝イチの時間(9時50分)の『64』前編を観に行った。感想は6月半ばからの後編を観てから書こうと思うので、まぁサワリだけ。
わずか7日間しかなかった、昭和64年。その昭和と平成の谷間のような時間に起きた、ひとつの誘拐殺人事件。身代金は奪われ、犯人に関する情報も(平成へと移る報道に押されるようにして)なく、残された遺族と関わった者たちの悲痛は時効間近となっても褪せることなく暗く澱んだままだ。
とは言え、映画は彼らや事件そのものより「警察署内」の軋轢や人間関係、メンツ、思惑、理想と現実を抉り描いていく。その主人公は、捜査課の人間ではなく、記者(を通しての世間一般)と警察の間を取り次ぐとも言うべき「広報課」だ。実名報道をするのか否か、警察は「しない」と発表し、その根拠を明確にさせたい「記者クラブ」との確執と攻防。どちらの言い分も筋がないわけではないことで板挟みに合う広報官が痛々しい。彼の私生活も平穏ではないだけに。

とまぁ、そんな感じで進むわけで、時効の迫る「64事件」と合わせて結論は持ち越し。平成14年になって模倣犯が現れたことで彼らは14年前に否応でも戻される…てところで終わる。だから前編だけでは何とも言えないわけで、評価もしようがない。けど、ちょっと冗長的すぎるかな。後半に入ると長い、と感じてしまった。
そしてハハと同じ感想(感慨?)を抱いた。
『(かつて記者クラブに在籍していた)お父さんもあんな感じだったのかしらね』
フィクションではあるけど、警察小説を得意とする著者の小説が原作だけに、彼らとの攻防はリアルだ。父もあんな中で他社との競争や警察との駆け引きの中に身を置いてたのかなぁ、とね。某国営放送との確執は結構聞かされた記憶あるけど、だけだったわけはないだろな。
「報道」というモノに対してあたしが思うことはいくつもあるのだけど、それは長くなるし話もそれるのでいずれ機会があれば。

昼食に久々にファストフードのもすに入った。近所にあったもすがなくなって久しいのでホントにひさしぶり。ちょっと失敗した。何でオーロラソースのバーガーにしちゃうかな! もすバーガーと言えばミートソースなのにね。
帰宅して部屋でごそごそ作ったりしてたら、ハハに呼ばれて外に出た。でっかいトラックがやって来て、路上にはみ出した我が家の梅の枝をバキバキ折り、梅の実をごっそり落として行きやがったのだ! その数なんと31個! 収穫まであと1ヶ月余り。今年の梅はなぜか路上側の方によくなっていて、中の方が少ないので余計ショックだった。収穫にはまだちょびっと早い梅を集めながら、これでジャムは作れるだろーか? と思う。「青梅は食べてはいけない」とは言うけどね、ジャムとかにすれば問題ないのかなぁ。なさそうな、でもちょっとありそうな…やってみるけどさ。熟してないから、うまくいかなかったりするのかしらん。

夜、ちょっとりんごに関する格言みたいなのを調べてて、まぁ有名なとこでは「1日1個のりんごは医者知らず」とか「りんごは枝から離れては落下しない(親と子は似る)」「腐ったりんご1つで樽がダメになる」あたりなんだけど、ちょっと珍しいとゆーか、へ? と思うのがあったのでご紹介。
ナイジェリアのお悔やみの言葉だそうで、
「いいりんごは糞の上に落ちる(=糞の上に落ちたりんごは食べてもらえない=善人の早死には誰の得にもならない)」
何かちょっと…わからなくもないけど、それがお悔やみの言葉ってのもすごいなぁ、と。りんごについて調べたかったわけではないのだけど、格言検索するだけでつらつらっと出てくるあたり、PCてのは便利だぁねぇ。もっとも、調べたいことが漠然としすぎてるので、父の蔵書の雑学事典あたりから探してみようかなと思ってるんだけどさ。







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by yukimaru156 | 2016-05-26 00:25 | そんな1日 | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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