雪丸周辺雑記10周年!!!

タイトルにもある通り、本日7/28(書いてるのは27日だけど)、

  雪丸周辺雑記、10周年~!!!

となりましたー。(しかし何て半端な日から始めたんだ…)
いやぁ~、こんなに長く続くたーお天道さまも思わなかっただろーねぇ。あたしすら思ってなかったし。てゆーかさ、もう「ほぼ日記」状態だけど、始めたころは、“「日記」にしてしまうと、書かない日もあるだろうから相応しくないのでは…”と考えて、「日記」ではなく「雑記」にしたんだよ。身の回りのこととかさ、日常だけでなくその日考えたこととか、思ったこととかも含めた「雑記」で。それがいやはや…もーほとんど「日記」。こんだけ続いたのは、読者のみなさんいてこそ、です。改めてお礼申し上げます。ホント、よく読んでくれてると思うですよ、こんな、画像がたまぁ~にしか出なくて、しかも制作物どころかどーでもいいのも多くて、いちお「アーチスト」のくくりで登録されてるけど、そうとは思えない内容の日がほとんどなのに。ちょっと前(いつだったか忘れたけど今年?)、このブログの訪問者数が10万超えてびっくりしたのも束の間、今日で110498名ですよ。ありがとうございますです。

え~、今日は特別、てわけでもないのだけど(1周年のときはそれらしいこと書いてたけど、以降は1度も触れたことなかったので)、ちょいとこの10年を振り返ることにしました。っても、書き出してるとキリがないので、「その年の7/28は何してたか」てことをね。

07’7/28 1周年で、訪問者数は5870人。のことなどつらつら書いてた。谷中の「かるた展」他、ギャラリー企画展とアートフリマに参加。絵封筒展やカード展にも参加して、売れないながらもそっちをがんばってたかな。

08’  ハハと高尾山に登ってお寺での写経に参加。時間がなくて字も乱雑になって苦戦したなー。そしてこの年は10周年記念個展「One and Only」。諸々の展示会に出品(店)しつつ、100円~10000円まで「唯一」を売りとしたのよね。それはまぁ始めた当初からのことだけど。

09’  いきなりカウンターが3桁を記録してびびってた。豆本展の制作と同時に小袋作りにも精を出してた。豆本展に寄付してくれ、てことでね。豆本制作はこれが初めてではなかったと思うけど…どうだったかな。この年の出店(展)数は、列挙するのが面倒なほど。この2、3年の倍はあったね。

10’  この年の個展のタイトル「さゆきの羽衣~うたうようにささやくように」が決定した日。長~い無地のさらしに直接ちぎり貼ってって、ギャラリー(スペース スプラウト)の壁を一周させたんだった。巻紙みたいにくるくるさせて作ってて、あと3メートルとか、あと1メートルとか、しんどかったけど同時にすごく楽しかった。いまでも反物みたいに丸めて保管してあるよ。

11’  映画「コクリコ坂から」を観に行ってた。昭和30年代の横浜が舞台で、「ここ最近の金魚や小人の話よりかはマシ」とあった。3月に東北震災があって、5月から毎月末、被災地に絵本を送る支援を始めた。(これは13年まで続いた) 震災のとき、あたしは2人展の真っ最中。そのまま中断となったので、半年後に改めて、六角ダンボールを壁面に飾ったっけ。さらし絵巻とは違う苦労と楽しさがあったなー。

12’  マグネシートを使った豆本(磁石で閉じる形の蛇腹本)、「歌う扉」を制作中。ギャラリーの企画展「山椒は小粒展」にも出品し、「より細かいちぎり」に挑戦してった感じ。豆本展の他、柳沢の「Zakkarnival」にも出展。絵を作るより絵本や雑貨作りに傾倒してったのもこの頃だと思う。

13’  豆本「MARU」(のちに「MONO」に改名)を作ってた。夏は豆本作りが定着してきたっぽいね。それで「まだ老眼じゃない」とほくそ笑んでた。ごめんね、2016年現在のいまでも老眼じゃないのよ、ふふふ。国分寺のアートフリマに初参加。そして個展「サユキノコトノハ」。ちぎり絵と一緒に、添える言葉にも力入れてみた。これまでもカードやカレンダーで発揮してきた数々の名言、迷言の集大成…になったかなぁ。

14’  友人が在籍してた、装丁画塾の修了展に行った。そのとき挨拶した学長の言葉が印象的だった。『これまでに自分がやってきたことに対する自負からの脱却(否定ではなく)、著作の解釈、そして覚えたものすべてを注ぎ込むことが必ずしもいい結果になるわけではないことを知るのが塾の目的である』と。この最後のフレーズがね、ちょっとココロしておこう、と思えた台詞だったのだ。

15’  今年も参加する「HearTOKYO」の打ち合わせの日。父の介護でセーブしてた出店(展)を、この年の初めの父の入院によって、また制作しようか、と思って決めた出展だけど、半年後に父が急逝、萎えてしまった制作意欲を「決めたのだから」とどうにか引っ張り出しての参加だった。

すごくざっくり振り返ったけど、まーいろいろあったよーな、そーでもないよーな、だな。ブログ始めたときは拙著『タイへ行きたい!』を制作してた無職状態。それからそば屋にパートで入り、5年8ヶ月後、不満も山積み限界点突破で辞めて、失業保険もらいながらちょいちょい銀座のギャラリー手伝って、13年の個展に来てくれた旧知の知人からの誘いで動物病院のパートへ。そんで現在に至る、と。
ちぎり屋として大成することも寿退職することもなく、漠然とした不安を抱えつつも日々をそれなりに楽しんでる、てとこかな。あ、ちなみに今日はハハとオトート2号の誕生日プレを探しに吉祥寺へ出て、2人で買うにしてもちょいと値が張り過ぎだ、きびしーぞ、と思われるモノを買った。あたしよかハハが本気モードになっちゃったしね。ま、2号はウチのことあれこれやってくれてるからそのお礼も兼ねて、かな。いいのが買えたし、ふらりと入った喫茶店のワッフルも珈琲もすごく美味しかったし、今日もまたいい1日だったよ。

ホントはさ、「10年でひと区切り」つけようかなと思ってたのね。父が亡くなってしばらくして、こうやってブログ綴る意味はあるのかなぁ、って。正直、いまでもそこのところはよくわからないのだけど、こうして読んでくれてる方がいるからこそ続いてるブログでもあります。
読んでくれて本当にありがとう。先のことはわからないけど、とりあえず、また明日。







( `ー´)ノ
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by yukimaru156 | 2016-07-28 00:23 | そんな1日 | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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