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『声をたずねて、君に』  沢木耕太郎著

ハナとか喉とか、まだちょっと何だかだけど、ハハほど重症ではない感じ。4蓮ちゃんのそば屋を無事終えてほっとした。ここでひと息ついてしまうとヤバそーだけど。

日曜に新聞の連載小説『声をたずねて、君に』が終わった。1年と2ヶ月くらいあったのかな。著者は沢木耕太郎とゆーことで連載時からハハと楽しみにしてたのだけど(新聞小説はハハともども読むので「今日のはあーだこーだ」と言い合ったりしてる)、ちょっと拍子抜け…というか、「あなたはやっぱりノンフィクションしてた方がよいよ」とつくづく思ってしまう内容だった。ハハも同意見で、後半、いやそれ以前から“ちょっと何だかなぁ”と思ってたのが結末に至って“そんでこーゆー終りなのかよ!”と突っ込んでちょっとがっくり。

新聞の連載小説は、一気に読み進められるものではなく、毎日一定量しか読めない。加えて、それが「どういう類の話」なのか、わからないまま読むことになる。ミステリーなのかファンタジィーなのか、何が伏線で何がそうでないのか。日々ちょっとづつだから(あれは何百文字になるんだろう)、最初の伏線も忘れてしまいがちになる。昔、乱歩が連載を担当したとき、すごく評判が悪かったというのは、「伏線を張り巡らせすぎるから連載に不向きだったため」と言われてる。この小説も一気に(自分のペースで)読めばまた別の読後感があるかもしれない。

映画好きでちょこちょこ評論を書いてた青年が、あるときふとしたきっかけで「声がいいからラジオでDJになって映画紹介をしないか」と言われる。(このあたり、実際の沢木氏とリンクしてると思う。彼の声質や耳に心地よい喋り方を聞いたことのない方は、毎年クリスマスにJ-WAVEでオンエアされてる「深夜特急」をぜひ聞いて欲しい) その彼がある日突然、声を失う。原因は不明。医者にも精神科医にもわからない。もともとDJになりたかったわけではないからこのあたり、結構淡々としてて「すんなり受け入れて」しまうのだけど、声を失うと同時に何となく(何となく、だ)人の考えや感情に敏感になり、さらに「声を失う前日に自分のドッペルゲンガー(自分とそっくりの人間のことで、見たら24時間以内に死ぬと言われてるけど、そのあたりは意識してない模様)を見たことを思い出す。声を失ったこととと関係あるのでは、とその「自分そっくりの彼」を探すことになるのだけど、話があちこちと横道にそれるので、本筋がどこにあるのかわからなくなる。(新聞連載の悪所はここだ、きっと) 声を探してるようでいて、これは自分探しの旅なのかとか(両親と全然似ていないのでずっとそんな漠とした気持ちはあったらしい)、実家に戻るとそこからまた奇妙な話になっていき、江戸時代あたりの宗教の話にまで拡がってしまう。

つまるところ、結局この話がファンタジィーだったのか何だったのかよくわからんのだ、読了後も。ある女性が鍵になるのだけど、この人の正体もわからないまま。わかったよーなわかんないよーな結末。昨年の「深夜特急」内で氏はこれについてちょこっと話をしてて『友人に「展開が遅いよ、お前」と言われた』と言ってたけど、その通り。ちょっとづつしか読めない身としては、フラストレーションが溜まる展開だった。やれやれ、やっと終わったか、みたいな読後感だし。

連載小説で“よかったなー、あれ”と思い出すのは灰谷健次郎の『天の瞳』とか宮本輝の『草原の椅子』、池澤夏樹の『すばらしき世界』(というタイトルだったと思うのだけどイマイチ自信がない…)とかなのだけど、それらの違いは何かと言うと、ジャンルの明確さではなく、テンポのよさと、本筋がぶれないこと、だろな。“ええっ、それでどーなっちゃうのー?”という興味を引っ張ってくれる展開というか。沢木氏はやはり「結末ありき」のノンフィクション畑の人なのだ。

ところでまったくの余談だけど、友人がしつこい新聞勧誘を撃退するときに使ってた技が『いまの連載小説は誰?』だった。勧誘員が『○○です』と言うと(それが誰であれ)『ああ、キライなんだよねぇ、その人。変わったらまた来て』と言うもの。これで少なくとも1年は勧誘から逃れられるんだそーだ。笑えるなぁ。使ったことないけど。
by yukimaru156 | 2007-11-14 02:01 | 行った観た読んだ

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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