2017年 08月 19日 ( 1 )

  乱  1985年 日本

毛利元就の「三本の矢」を下敷きに、シェイクスピアの「リア王」を戦国絵巻として描いた作品、て程度の認識で、そーいや未見だったなと思い立って近所の映画館へ行った。ここの年会費の支払い期限も迫ってたしね。(更新すると招待券が3枚ももらえる。この券で観ることができた)
デジタルリマスター版ができたのは2015年だそーで、もしかして混んだりするのかな? と先に(早番シゴトのあとに)整理券をもらっておいたら番号札は2番。しかも入場開始時刻に間に合わなかったのに余裕で座れたという…整理券をもらいに走ったイミはなかったみたいだ。

なるほど「リア王」で、しかも全編ほぼ、主役の仲代達矢の独壇場。32年前の映画なので鬼籍に入った役者さんも多く、また存命ではあるけど「若い! わかんなかった!」と思う役者さんも多いのだけど、彼らをもっとよく観たいと思うのに観られず…当時、「大抜擢」などと称されたピーターは良かったし(キレイなだけでなく、もともと日舞とかもしてた人だからね、所作も美しかった)、長男の寺尾聡(全然わかんなかった!)の嫁である原田美枝子も中盤にちょっと意表を突いてくれて良かった。
が。「映画」としてはどーなのかなぁ~? て気もしなくもない。確かに豪華だし(業火も含め)、圧巻だし、ロケも衣装(ワダミエさすが)も合戦もお金かけてんなー、なんだけど、先に書いたように「主役の独壇場」なんだよねぇ。いや、彼はもちろん素晴らしいよ、いまや日本を代表する俳優と言っても過言ではないし、何度か舞台も観に行ってるしね。

ただ、たぶん監督が彼と自分を重ねすぎてるんじゃないかと思う。(実際、自分を投影してると言ってたみたいだ) 三兄弟、それぞれの重鎮、従者、かつては舅に家族を殺された嫁、それぞれの思惑や真意や善意、欺瞞や疑心暗鬼が交錯する中で連鎖してしまう「悲劇」。それが1人にスポットを当てすぎたために、映画としてのバランスを欠いてしまってる…そんな気がしてしまうのだ。
兄弟の確執はほとんど触れないまま合戦となってしまうようなもんだし(唐突にさえ思える)、舅を恨む嫁、恨むのをやめた嫁の心情も何つーか「後付け」っぽい。(ぽく見えるだけだけどさ)

楽しみにしてたシーンがある。燃え落ちる城から秀虎が出て来るシーン。炎の中から1人出て来るとあって、スタッフも監督も(彼に何かあっては大変と)ピリピリしながら待ってるのに、GOサインを出してもなかなか出てこない。何かあったのか、撮影を続行すべきか否か、監督が半泣き状態で『出て来てくれ!』と叫んだ、と言われてる。(のちに仲代は『舞台俳優は足元さえ確かであれば動ける。まだ大丈夫だと思った』と語ってる) そのシーンがどれほど迫力あるのかと期待してしまってたので、え、て感じだったのだ。思うに、カメラ位置や角度、あるいは「撮り方」が良くなかったんじゃないかな。炎上する城と中から出て来る秀虎の両方を捉えようとしたがために却って迫力が欠けてしまった気がする。

それと残念だったのが「血糊」ね。赤ペンキにしか見えない、てのは美術スタッフが悪い。(以前、そゆことをちらりとしてたので「これは美術スタッフの責任」とか思ってしまうクセがあるよーだ) 惜しいなぁ。昨今の映画はもっと上手だけどね、32年前ではまだだったか。も少しリアルな「血」であったなら、印象もまた違ったのに(なんてゆーのはあたしだけか)

帰宅して、夕飯はあさりパスタ。もらったパスタが何か茶そばみたいで(実際、色も茶なのでそばに近いのかも)、やつぱフツーのがイイよなー、とか思ってしまった。
それで、千葉べったくから持ち帰った、私物ダン箱を処分すべく、開ける。中に何が入ってたかとゆーと…長くなるので明日以降にね。







( ̄ー ̄)

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by yukimaru156 | 2017-08-19 01:04 | 行った観た読んだ | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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