2017年 12月 01日 ( 1 )

以前から思ってたのだけど、この邦題がよろしくないと思う。原題は「Cross of Iron」、戦場で活躍した英雄に贈られる「鉄十字章」のことだ。それを何だってこういうタイトルにしちまうかねぇ…「死霊のはらわた」を連想させるじゃんね。どっちが早いのか知らないけど。

この映画を観たのはコーコーセーのとき。深夜、真っ暗な部屋で1人で鑑賞して、静かに感動してた。以来、あたし的には「戦争映画ベスト3」に入る傑作。にもかかわらず、実は今日の鑑賞が2度目だったりするのだけど。『地獄の黙示録』も『Uボート』も4、5回は観てるのにね。機会がなかっただけだけど、今回のは「40年ぶりのデジタル・リマスター版」てことで、「戦争映画の金字塔」とまで書かれてたから、そーかやっぱりすごい映画なんだ、と思った次第。だってこれ知ってる人、周りに誰もいなかったんだもん。サム・ペキンパー監督は有名なのにさ。

冒頭、山林を音もなく移動する小隊があって(もうこの時点で当時のあたしは「堕ちて」た)、目と指先だけで合図を送り合い、3人の見張りを同時に(これまた物音たてることなく)殺して敵の拠点を叩くのだけど、すべてが終わったあと、1人が指揮官であるシュタイナー伍長(ジェームス・コバーン)を呼ぶ。銃撃戦のあとの積み重なる死体の中にあるのは、まだあどけなさの残る10代の少年兵。
『まだ子供じゃないか…』
このときの伍長の苦い顔と戦果を喜べない兵士たちに、少しほっとしてしまう。彼らは「戦争だから敵を撃つ」けど、それは「相手も自分と同等の兵士」であることを前提としているわけで、「好きで戦ってるわけではない」が「戦場だから仕方ない」と飲み込んでいる。それでも「飲み下せないもの」があるのだけど、それがある、てことが救いな気もするのだ。

『国家のためとか党のためとか、そんなことのために戦ってる人はいませんよ。ここではみんな「自分が生き残るため」に戦っているんです』
ドイツ軍とソ連軍との熾烈な闘いの最中、赴任してきた大尉はブロシキ貴族出身で誰よりも栄誉欲に駆られ、「鉄十字章」が欲しい。返して昇進にまるで興味のないシュタイナーは胸の鉄十字を放り投げ、「ただの鉄クズ」呼ばわりをする。2人の確執は火を見るより明らかで、ドイツの敗色が濃厚となる中、事態は目まぐるしく動いていく。

ところどころ忘れてるものの、自分の記憶の鮮明さにちょっと驚いたりもした。激しい銃撃戦、崩れ落ちる兵士たち、硝煙、怒号、悲鳴、そして慟哭。彼らの声にならない叫び声が鋭いナイフとなって胸に突き刺さってくる。40年前の映画ではあるけど、古さは微塵も感じられないのは、デジタルではない「生」の臨場感が全編を貫いてるからだ。「殺す相手の顔が見えないこと」で、いまの戦争は兵士の負担を減らした分、怖さを増した。肝心なのは兵士の負担の軽減ではなく、それがあるから戦争はダメなんだと思う、思わせることではないのか。

帰国の機会を得られたにもかからず、シュタイナーは再び戦場に戻る。もしかしたら彼はすでに「戦場でしか生きられない」身体になってしまったのかもしれないが、彼自身はそれを素直に受け入れているようにも見える。戦場で知識と経験を活かすこと、部隊を率いること、そして人としての倫理を失わないこと。終幕となっても続く彼の哄笑がいつまでも耳に残る。その意味するところは、観客であるこちらの判断に委ねられるけれども。そこも含めての「傑作」だろうな。
にしてもジェームス・コバーンのかっこいいことと言ったら! 昔この映画で惚れてしまったわけだけど、いま観てもやっぱりかっこよかったー。そして「いま見てもかっこいい」ことが嬉しかった。

レイトショーなので、夕方に仕度をしておいた。チンゲン菜と鶏モモの生姜スープ。寒い夜に最適な、生姜の効いたスープで美味しくできて満足。風邪にもよさそーだ。風邪ひーてないけどね。








( ̄▽ ̄)

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by yukimaru156 | 2017-12-01 01:00 | 行った観た読んだ | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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