カテゴリ:我思う( 238 )

んんー、ちょっとこの件について触れるのはどーなんだろって気もするんだけど、自分の中でもあっとしてるのもなー、なので書くことにした。

つい先日、ジミー大西が「筆を折った(絵を描くのをやめた)」ことを知った。あたしが知ってるのはスペインに行って、そっちで絵を描いてる、てとこまでなので(10年以上前?)、以降、どこで何をしてたのかは知らない。
一時は「お笑い芸人がなかなかいい絵を描く」てことで話題にもなって(彼の芸風はともかく、犬以上の嗅覚の鋭さにはマジでびびったもんだ。確かどこかの県警の警察犬と勝負して勝ったんだぜぃ)、個展観に行ったりもした。ナマで観る彼の絵は、大胆な色使いとひしめき合う動物たちで楽しませてくれた。盛況だったから成功、でいいんだろうと思う。

で、その彼が芸人辞めて芸術家となったわけだけど、当初どこかの外国で肌が合わずにしばしスランプに陥ったあとスペインに行き、そこで精力的に描き始めた…あと、どーしてたのか知らない。そしたら「筆を折った」というネット記事が載ってて、その理由ってのが

  作品の値段は時給換算すると350円で、焼き鳥屋のバイト料より少ない
  自分の絵はそんなもんなのかと思った

という…ここに反応してしまったわけだな、あたしは。まぁネット記事なんでそれがホントかどーかはわかんないんだけど、いわゆるゲージツカたちの陥る「スランプ」とか「インスピレーションがわかない」とか「気力がない」とかいった類の話ではないあたりが気になったのだ。(記事によると「お金がない」てことになってる。だから「バイトしてた方がマシ」みたいな?)

売れてても売れてなくても「作家」という括りで語らせてもらうと、誰しも一度は自分の作品を「時給換算」してみたことがあるんではないかと思う。1つの作品に5000円の値段をつけて(いくらつけるのかは自分次第として)、人はそれ見て「え、これで5000円?」と懐疑的な目を向けられても、ココロでは「手間暇時間かかってんだよ、時給にしたら200円もしないんだよ、レジ打ってた方がよっぽど金になるんだよ」と突っ込んでるわけだ。(もしかしたらあたしだけかもだけどさ) じゃあなぜレジ打たずに作ってるのかってのは人それぞれだけど、「作りたいもの」「作らざるをえない衝動」があるのは確かで、最低賃金を獲得するためじゃあない。「制作に見合う収入」が欲しいのはみんな同じだし(仙人以外は)、それを生活の糧とできるなら万歳だ。でもそれが出来ない人は山ほどいる。知り合った作家仲間の中で、続けられなくなった、辞めてしまった、て人はいーっぱいいる。(と思う。実際には消息を知らないだけでどこかでちゃんと続けてる人もいっぱいいると思うけど) 

ジミー大西の絵は100万、200万で売られてたけど、実際に「売れてた」のかどうかは知らない。『お金がない、バイトしてた方がマシ』と言ったのなら、人気が持続しなかった、てことなのかもしれない。でもそれが「筆を折る」理由なら、作家たちはまずこう思う。

  所詮、その程度だったんだね

作家になりたくて作家になった人でも、本当に作家になったのかどうかの判断は自分が決めることだ。その行為が一銭にならなくても、自分は作家だ、と言うこともできる。
ゴッホは、生前売れた絵は2枚だけだ。周囲の誰もが彼を「画家」としては見ていなかった。生涯独身で掃除夫として過ごしたヘンリー・ダーガーは、死後、彼の部屋から数百枚のイラストと3万ページにおよぶ小説とテキストが見つかって世間に知られることになった。売れる売れない(売らない)に関わらず、彼らは「作家」だった。売れないから作家辞めると言うなら、その人はもともと作家ではなかったのだ。

書いてて何か頭痛くなってきた…論点おかしくないか? 合ってるか、この書き方? ちょっと自信ないな…"まぁ、言わんとしてることは何となくわかるよ"と思ってもらえればうれしい。

今日はシゴトがあまりにも早く終わってしまったので参った…「時給」で働いてる身としてはね、つらいよ。制作がひっ迫してたならありがたいことだけど。
東松原の「くるくるひろば」まで大型家電(扇風機)等を持ち込むこと2度、逆方向への買い物に1度の計4度、外出したことになる。くたびれた。でも今後、「くるくるへの持ち込み常連」となること必至だなー。先日持ち込んだ大皿はすでになかった。引き取り手がいてほっとした。






(゜-゜)

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by yukimaru156 | 2017-07-29 01:39 | 我思う | Comments(0)
昨日、夜に携帯から送ったブログが、今朝になって「送信できませんでした」になってたのは何でだろう? と思いつつ、ウチに帰宅してPC開けたらナゾが解けた。この「駅風呂」のメンテの日でした。すーっかり忘れてたわ。

携帯から送ると、画像が中央になって文章が下になってしまうのだけど、メンドいので直してません。編集し直すつもりでいたんだけどね。何つーか、いまとてもとてもブルーで滅入ってるので。
そなわけで、これから先に書くことは読んでてもキモチいいもんじゃないし、雪丸の個人的知り合いだったら、不快に思うよなことも書いてしまうかもしれないです。そこんとこ、ご了承の上、閉じるかさらっと受け流すかしてください。

「田舎」というものを持たない父が、「海の見えるところ」として選び、買った千葉房総の別荘は、築30年ばかり。周囲に家はなく(前後左右の土地も別荘地として売られてたけど、建てたのはウチだけ)、「悲鳴をあげても誰の耳にも届かない」ところであります。それより何よりの問題は、海風にやられてすぐシャッターや何やが傷むことと、鍵などの腐蝕も早いこと、そして天候が良すぎるせいで(なのでここらは出荷用のお花の産地でもある)、雑草の繁殖力が激しいこと。行く度に家族総出で手強い雑草の相手をしないと水平線が見えなくなるんですよ。(建てた当初は電線が裏の竹林のせいですぐ切れてしまうので大変だった。夜中に到着したのに電気が点かない! とか) 

それでも気候は穏やかだし(たまに台風直撃とかで大変なことになってたりするけど)、海はキレイだし、野菜の収穫もできるし(加えて近隣の方からよくいただく)、不便さはあるものの、父だけでなく家族がこの家を愛してた。それぞれの友人もよく遊びに来て、バーベQしたり、浜辺で花火したり、釣りに行ったり。あたしは年に一度、車で30分ばかりの「潮風王国」のフリマに出店してた。
やがて友人たちが家族を連れて来るようになり、甥や姪が来るようになって、あたしの夢は「将来の旦那となる人とここへ2人で来ること」になった。ここでいろんなものを共有して、語らって、なるなら「家族」で来たかった。作品の出来とか売れた売れないとか、そゆことはどうでもよくて、むしろその世界から離れることも厭わないと思える、新しい家族と過ごしてみたかったのだ。それに、人の幸福を微笑ましく見てるしかないことが苦痛でもあって。

あたしが免許を持っていれば、もっと頻繁に父たちを連れて来られただろうし、マトモに働いて稼いでいれば、ここの維持費を出すことも出来ただろうと思う。オトートたちの利用頻度は各段に下がり、年に1、2度訪れるだけの家を維持していく必要はあるのか、これからもかさむであろう費用を誰が出すのか、と問われれば、何と応えることもできない。それが悔しい。悔しくて悔しくて、あの家の中にあるモノを「まとめて壊す、業者に持って行ってもらう」と言うハハや1号の言い分に腹が立って、泣けた。大事なものもたくさんあるけど、それ以上に「いらないもの」も山とあるのは、1号や他の誰かが持ち込んだものだ。「捨てる、壊す」ことが何よりキライで嫌悪感を催すあたしとしては「だったら買うな! 持ち込むな!」だ。(また1号の買い物センスって家族の中でダントツに悪いのだ) 

父の遺したものを整理するのは(捨てるのではなく手放すのも)やぶさかではないのだけど、その他の人のモノは許せない。処分したいなら自分で、あたしの見えないとこでやって欲しい。
今日の午前中、帰り際に不動産屋に寄って、鍵を預けてきた。「1号に譲る」という話は聞いてたけど、「(1号がいらないなら)処分する」とは聞いてなかったのに、この素早さ。1号もすっかりその気で、余計ハラが立った。

いま、この家の処分についても(家そのものより家の中のもの)、いかに捨てずに手放すか、で滅入ってるところなのに、悔しさとか腹立たしさとか「捨てる」ことに対する嫌悪感とか、それに加えて切ない感傷とかで頭はぐちゃぐちゃだ。
あたしにもっと「力」があったらよかったのに。







( ̄ー ̄)

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by yukimaru156 | 2017-07-19 01:26 | 我思う | Comments(0)
2、3日前あたりから、ウラの家がどういうわけか突然風鈴を吊るし、この数日の強風もあってともかくやかましい。悪い音ではないけど、聴いてるとちょっとイラっとしてくるのだ。

  ちりちりちんちんちちりちりちりんちりんちりりんちりり…

て感じでさ。あたしは風鈴の音色はキライではないし(むしろ好きだし)、ウチでも吊るしたりしてる。(もっと暑くなってからだけど) でもさー、この「鳴りっ放し」ってどーよ? 切れ目とゆーものがないんだよ? あたしは風鈴というモノを「騒音」とする人の心理ってわかんなかったんだけど、このトシになってわかる気がした。台所が一番響くのだけど、寝てても気になるくらいよく聞こえる。家人は気にならないのか? と不思議に思うくらい。

で、朝、洗面所から覗き見てちょっと納得したのは、ひとつはどうやら南部鉄の風鈴らしいってのと(だから音が高いんだ)、家の軒下ではなく物干し竿に吊るしてる、てこと。この数日、我が家の青梅は10個単位で落下してるけど、そんだけの強風の中、洗濯物と一緒に吊るしてたらそりゃあ鳴りまくるよねぇ。せめて移動してくんないかなぁ。
ちなみにあたしは風鈴だすときは軒下なのは当然として、風が強いときはかかってる短冊に洗濯ピンをつけてる。そーすると短冊の重みでだいぶ音が抑えられるのだ。見栄えは悪いけどね。「ちりん、ちりん」てくらいでなかなか風流に楽しめるんよ。にしてもなぜいま出すかなぁ。どういう人か知ってるだけに、わからなくもないのだけど。

洗いそびれてたセーター1枚ともこもこスリッパ、それに冬帽子を洗ったりした以外はのほほんと過ごして、夕方からどーぶつ病院へ。あれこれ忙しなく動いてるうちに気づいたら8時で、やっと最後の患者さんが帰り、『今日は(祝日の)短縮診療じゃなかったのぉ~?』とぼやいたら、
『雪丸さん、今日はフツーの土曜日です』
と言われてしまった。そーか、フツーの土曜日だったか。つーことはいつのまかG.Wも終わってた、てことだな。何か、全然まったくフツーに過ごしてしまったなぁ。「この棚の中の始末をしよう」なんてハハと言ってたのに、手つかずのままだし、G.Wらしいことを何ひとつしなかった気がする。友人と会ってくっちゃべってたくらいか。その日も午前中はシゴトしてたけど。

そーそ、昨日の昼に来た、「乾燥わかめをがつがつ食べてしまったにゃんこ」、どーなった? とひとりに訊いたらば、『結局吐かなくて、大丈夫だろうと言うことで帰らせたみたいです』と言ってた。みんなで『胃の中で膨らんだりするんだろーか?』とか言ってたんだけどね、それはないのかな。「いきなりお腹いっぱい」なんてなったら大変とゆーか可哀想だし。アレって、胃の中で膨張することはないのかねぇ。







(;・∀・)

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by yukimaru156 | 2017-05-07 01:55 | 我思う | Comments(0)
午前中のシゴトがひと段落して帰宅したらば、出かけるカッコしたハハが玄関にいた。とっくに出かけてたと思ってたので驚くと、連絡待ちなのだと言う。『それより』と切り出した。
『いま、とても不快なやり取りがあって参ってる、もうホントに参った…』
何があったのか尋ねると、ドアフォンの仲介をしてくれたN氏に頼んで木戸の修理を頼んで業者が来て採寸をしていた。彼は車で来ていて、隣の家の脇から少し離れたところに数分程度駐車していたそうなのだけど、それに対してお隣が烈火のごとく怒り(当然の配慮だけど、隣家に迷惑のかからないところへの駐車で公道である)、最初は謝っていた業者も「お前」呼ばわりされたことでキレ、ハハのなだめるのも聞かず、警察を呼ぶの呼ばないのの騒ぎになり、挙句に隣家の息子氏も登場、収めてくれるのかと思いきや父親に同調してさらに事態が悪化。ハハが何とか収めて業者を帰したのだそうだ。

隣家の御年88の主人がキレやすく、しょっちゅうヘルパーと諍い起こしてるのは知ってたけど、息子も同じ手合いだったとは…てことにまずがっかりした。金持ちで「上」に立ってた人ってそーなのかねぇ。「下」を作ることでしか自分の「上位」を示せないと言うか、「金を支払う方がエライ」と思ってると言うか、そういう人種こそあたしが最も軽蔑する手合いなんだけど(お金を払うのは「自分が出来ないから」であって、その時点で対等であるとあたしは思ってる)、話を聞いてて何か情けなくなってきた。

日本には「お互い様」という言葉がある。ちょっと迷惑かけてしまうが申し訳ない、それはお互い様、という気遣い、思いやりだけど、こっちが「お互い様だから」と多少の不便に目をつぶってあげても、あっちはそのこと忘れて、怒鳴り込んでくる。(もう一方の隣家も同様だから呆れると言うか、やってられない) ハハが平身低頭で謝っても『いや、あなたは悪くない』って、それではラチはあかんではないか。では怒鳴りつける業者に何を期待してるとゆーのだ。大体、玄関も何も邪魔してないし、騒音もないし、ほんの数分のことなのに、いったい何にカリカリしてるのだ。
『駐車したのは申し訳なかったが、「お前」呼ばわりされる謂われはない、訂正していただきたい』
という業者(50代男性)も、気持ちはわかるんだけど、そこをぐっと抑えて引いてくれないと「どうにもならない」ことがわからんのか。おそらくこういうトラブルは何度も経験しているだろうに。

ハハの憂鬱が伝播して、あたしまで不愉快で嫌な気分になってしまった。これから先が思いやられるわ。隣家の奥さまは長いこと寝たきりでずっと病院なんだけど、ハハいわく『奥さんもああいう気質があった』と言うから、息子が似るのも当然なのか。木戸をちょっと直してもらうだけなのに、何だかややこしい話になってしまいそうで滅入る。これがハハでなくあたしだったら、どう対処してたかなぁ。上手く収めることが出来ず「警察沙汰」になってしまってたかしらん。こんなくだんないことでお巡りさんを煩わせるのもどうかと思うねぇ。もっとも、隣家の主人に言わせたら『公僕なんだから当然』なんだろうけど。こういう人って、もう誰が何言っても改まることはないんだろうなぁ。

ハハの帰宅は遅いと思ってたので、郵便局へ支払いなんかの用事を済ませたあと、夕飯の仕度をしてたら帰ってきた。頂き物のお土産は「うに醤油」だった。何て高そうな小瓶だ! しかも「卵かけごはん」にぴったり! ほかほかの炊き立てごはんに卵とこのうに醤油、て夕飯もなかなか魅力的だったのだけど、とりあえず今夜は半端に残ってる野菜をみんなぶち込んでのオイスターソース炒め。それと芽が出てしまってるじゃがいもでしらすチーズ。(マッシュしたじゃがいもにしらすとマヨネーズ、チーズをかけてトースターで焼くんだけど、この仕度中にテーブルからグラタン皿が落下、粉砕…とほほ。まさかこんなヘタレをやっちまうなんてなー。安物だけど使い勝手のいい皿だったのに、何かツイてない気分だ。







(=_=)

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by yukimaru156 | 2017-04-28 00:17 | 我思う | Comments(0)
正月明けてちょっとしてから、友人から「しいたけ占いって知ってるか」というメールが来た。知らなかったので教えてくれたサイトを見てみた。(「しいたけ占い」で検索したら出てくるかも) シイタケで占うのではなく、ただ単に占ってくれるのが「しいたけ先生」だってことらしい。しかし何でよりによってあたしのキライなシイタケなんだ? キノコでいいのに!

てことは置いといて。
射手座の今年の運勢だとか今週の運勢だとかあれこれ書かれてるわけだけど、その占いの前振り? で「射手座のあなたは…」て解説がさくっと入る。いわく
『射手座のあなたは、「絶対的ひとり」。人といて苦痛ではないし、社交性もあるし、人を和ませる術も知ってるけど、それらと距離を置いて「不動の真理」を追い求めてる』云々かんぬん。
何かかっちょいーこと書いてあるけど、これはたぶんどの星座の人にもそれなりにかっちょいーこと書かれてると思うのでスルーして、でもこの「絶対的ひとり」てのは当たってるかもなー、とか思ったりしてしまった。以前、全然別の星座占いで『例えるならスナフキン』と書かれてたんだけど(そしてそれを教えてくれた別の友人が妙にウケてた…)、つまりは旅人気質ってことなのかね。まぁ、確かに『みんながいいと思うものがイイとは限らない』というスタンスではあるし、『多数決に疑問』持ってるし、『どんな成果や結果が出ても「これはゴールではない」という感覚』があるのは確かだ。

で、そーゆーあたしの2017年上半期は『みんなの元へ帰る』がキーワードであるらしい。孤高の旅を続けるのではなく、帰る場所を自覚する、とか? 何かそんな感じ。わかったよーなわからないよーな、だな。
そして射手座の特質として『ものすごく熱狂的に取り組んでたかと思うと、不意にものすごくどうでもよくなる』。これまであんなに真剣に取り組んでたのになぜ? てことらしいけど、実はそのとーりだったりするんだな、これが。以前、また別の占い(星座ではなかった気がする)で、『次々と仕事を替えるのになぜか周囲から呆れられたり反発されたりしない』てのがあって、当たってると思ったもんだけど、同じことかもね。5年8ヶ月そば屋にいてスキルとかめっちゃ上がったと思うけど、辞めるときはホントにどーでもよかったしさ。長く続いてるのは「ちぎり屋」くらいだけど、それすら「いつだって辞められるよ、紙ゴミの日に全部出しちまえばいいだけの話じゃん!」と思ってた。いま? う~ん…よくわかんない、正直なところ。ある日突然、もういい! とか思ってしまうかもしれない自分を否定できないし。
占いのこの、『みんなの元へ帰る』てのが何を指してるのかわからないのもあるけど、心理的距離の話になるのかなー。

星座占いってさ(星座に限らないか)、あー言えてるー、あたしってそーかもー、と思いながら見たりするわけだけど、『いや待て』と思うことも少なくない。(もっともこれこそが射手座の特質らしいけど) 
同い年の友人に誕生日が4日違いの人がいるんよ。で、彼女見てると「何でそんなにネガティブ?」とか「あたしには振られても怒られてもすがりつく根性はない」とか、彼女との相違を目の当たりにするにつけ、"占いでは彼女もあたしと同じことが書かれてるんだよな…?"とか思ってしまうのだ。
そしてこの「しいたけ占い」見てまた思ったわけよ。父も甥も姪も射手座なので、てことはみんな「絶対的ひとり」てことじゃん。そうなのかなぁ~? だとしたらちょっとフクザツな気分だわ。

今日は朝からちぎちぎ…ではなくて、その下準備。雑貨市ではカード類を「お買い得半額!」セールしようかと思ってて、半額ってことはいつもの倍売りたいわけだから、さらにその倍は作らないとね。なーんて、どんだけ作れるかわかんないけどね。でも在庫もないわけではないからだいじょぶかな。あと、豆本パック。これは前回とか三茶とかでもやったけど、2度目3度目の人のこと考えて「よりどり2冊(あるいは3冊)」いくら、にしてみようかと思う。
時間、あるよなないよな、だなー。がんばろっと。








(@_@)
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by yukimaru156 | 2017-01-16 01:02 | 我思う | Comments(0)
50になっても特に何も変わらないで(そゆもんだろーけど)、何かを始める、てのはもーずっと前から頭の片隅にあるのだけど、何も思いつかない…という自分が情けない。何かしらありそーなもんなのにね。

昨日書いたクリマカをひっさげて、とりあえずチャリではなく1駅歩くことにした。豪徳寺の馴染みの煎餅&たばこの店でちょっと雑談交わして、ハハに頼まれた昼食用の惣菜をちょっと買って、帰宅したら約3800歩だった。
昼食後はハハと一緒に今度は逆方向の駅へ。買い物に付き合って、シクラメンの鉢植え(2000円がなぜか半額!)、帰宅したら7300歩あまり。結構歩いたつもりでも1万はいかないもんだねぇ。

話変わって、誕生日プレゼントの話。昨日、オトート2号から届いたのは何と! どピンクの「マッサージロール」であった…う~ん…とお礼の電話する前にちょっと悩む。ホントのところ言うと、さしてありがたくないのだ、これ。だって自分で買ったんだもん、クッションタイプの「るるど」。彼だって知ってるくせに! と思いつつ、電話してお礼を言った。
『あぁ~、て感じでしょ?』
『…うん、まぁ、そう』
『アネキが買ったのってさ、ホントに効くのか? てくらい弱振動だったから』
(もらったのは「弱」にしてもすごい振動が激しいのだ。「強」なんてびびるくらい激しい)
『う~、それが良くて買ったんだけど…』
『……』
『でもありがとう、いただいておくよ』
と、電話切ってから、もっと具体的にリクエストすればよかったなー、と思ったりもした。難しいよね、誕プレって。「あげたいもの」と「贈られたいもの」とが一致するってトシいくほどに難しくなる気がする。夏に彼にあげた傘だって『高級すぎて使えない』と苦笑してたし。

あたしのリクエストは「あったか系でないもの」だったのだけど、まだ漠然としすぎだったかな。2号ンとこからは2、3年に一度の割合でマフラーや手袋をもらってて、他でももらったりするし、昔ハハが編んでくれたのや、じっさまやばっさまが使ってたのもあるしで、やたらと持ってる。それをどうしてるかとゆーと、毎年「今年はこれとこれとこれ」と決めて使いまわしてるのだ。だって全部使ってたらあとで洗濯するの大変じゃん。もらったモノはどれもキライではないし、使えないわけでもない。だから「去年使ったから今年はお休み」を作る、てわけ。(なかなかいい使い方だと思ってる。どれも贈り主の「想い」が詰まってるから処分なんてできないしさ)

昨日は甥のYGの誕生日だったわけだけど、彼にTシャツを贈ったら『長袖が良かった』と言われてしまった…迂闊であった。なかなか決まらないで、つい自分が欲しいものになってしまったのだ。(カードには「気に入らなかったらあたしにちょーだい」とかまで書いて) もっと単純に考えてやるべきだった。「欲しいモノが(とりあえずは)買える年代」になると誕プレは難しくなってくもんだけど、「欲しいモノがあるけど優先順位としては後回し」になってしまう年代には、その後回し分を補ってやればよかったのだな。YGの場合は何にしても1位は「ごちうさ」グッズなわけで(たぶん)、小遣いもみんなそっち優先だからね。

誕プレって、リクエストもらえると「◯◯」と応えられる(こともある)けど、相手のフトコロ具合とか、いくらくらいを想定してるのかとかまで考えてしまうから、返事も難しい。そう思うと、気軽に『何か欲しいモノある?』とも聞きにくいしねぇ。
悩ましいね、誕プレって。そこがまた「選ぶ楽しみ」にもなるわけだけどね。選んでるときは、ずっとその人のこと考えてるってことでもあるしさ。








(´ー`) 
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by yukimaru156 | 2016-12-13 01:29 | 我思う | Comments(0)
スーパーで買い物してたら、BGMはずーっとクリスマスソングで、そういう時期なのだとわかってても(つか、いま参加してる展示会はずばり「クリスマス展」だし)、何だかなぁ~と妙な気分に陥る。クリマカ作ってるときは何も音楽かけてなくても常に頭ン中にクリスマスソングが流れてたし、本番前に食傷気味になるのは「いつものこと」なんだけどさ。

今年は初めて「ハロウィン商戦」の売り上げが「クリスマス商戦」を越したとかゆー話で(でもクリスマスはこれからじゃんね? 去年の話かな?)、世の中は「恋人たち」よか「家族、仲間」にシフトしてきてるとも言える気がする。確かに「彼、彼女がいない」人が増えてるみたいだしね。まー、どっちがイイの悪いのって話ではないけど、ブラックマンデーも定着させようとか(発祥はどこだ? 欧米かな。商店が一斉に「セールで黒字」にしようってヤツ。月曜じゃなくて金曜だったかも…)、「何が売れるか、誰に売るか」にばかり目を光らせてる気がしなくもない。世間一般のイベントに合わせて商戦に励む、という図式。本来はハロウィンもクリスマスも日本人には無関係だったはずなのにねぇ。師走(も死語になりつつある? 意味わかんない人いっぱいだろね)は賀状書きと大掃除と正月準備に勤しむ、どちらかと言うと地味な月だったのではと思うけど。

クリスマスソングを聴きながら買い物してて、ふと"ハロウィンの曲ってのはないなー"と思った。クリスマスは昔からの曲やそのアレンジに加えて、80~90年代にも数々のヒットが誕生して、いままたそれを別の人が歌ってる、てのが多いけど。ハロウィン向きの曲、て案外難しいかもね。バラード系はまず似合わないしね。みんなでわいわいノリノリ系、でないと。アイテムとしてはクリスマスに負けず、カボチャからお化け、魔女に黒猫と豊富だけども。

今日はほとんどな~んもしないで過ごした。昨日、土曜と明日の月曜は有休もらったので、実は3連休。(みんなゴメンね。でも旅行とか行ってるわけじゃあないのよ…) どーぶつ病院の休みは水曜と日曜なので、普段は2連休にすらならず、出店で土曜にお休みもらって、てことは過去何度かあったけど、個人的にはこれも「仕事」と思ってるのであまり休めた気分にはならない。(楽しませてもらってるから苦ではないけど) それが3連休! しかも「制作の必要なし」! 素晴らしいと思う反面、ちょっと持て余してしまったとゆーか、有意義に使えなかったなー、と反省した。いい天気だったのにね。

去年は父が亡くなって半年で、とてもそんな気分ではなくてクリスマスの飾り付けをしなかった(ように思う)けど、今年はどーしよーかなぁ。ハハに訊いたらば『ご自由にどうぞ』だって。ふむ。ちょっと出してみるかな。それよか大掃除、な気もするけど。







(*´з`)
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by yukimaru156 | 2016-12-05 01:35 | 我思う | Comments(0)
英国がEUを脱退するちょい前、仏の経済学者が『もし脱退なら、米国大統領選はトランプになるだろう』と言っていた。そのときはまだ「脱退か残留か」は接戦してて、でも大半の人が残留するだろう、と思ってた。(たぶん) で、ご承知のとーり。そして現在。米大統領選。あと2日? なわけだけど、何か女史が落ちて絵札氏になりそーな気がしてきてる。かの経済学者が言ってたから、ではなくて、米国世論の「絵札氏はウソをつかないから」て応えの多さに対して。その、彼が嘘をついてない、という確証はいったいどこから生まれたモノなんだろか。女史にしろ絵札氏支持者が目の敵としてるらしい主要メディアにしろ、ウソをついてる可能性は否定できない。でもそれを言うなら絵札氏だって同様ではないか。

英国を二分した論争の際、多くは「加盟してることによる不利益」の数字を信じて、実際はそんなそん数字ではない、と言う残留派の意見には耳を貸さなかった。そして離脱が決まった途端、こんなはずではという状況に陥ってうろたえてる(ように見える)。
離脱前の英国といまの米国は似てる。人々はただただ熱くなり、冷静さを呼びかけられるとさらに過熱し、いま現在の生活不満、不安を取り除いてくれるのは「現状を壊してくれる人」と固く信じて疑わない。「壊す」のはいい。日本だって壊さなきゃいけないシステムはいっぱいある。でも本当に必要なのは「壊したあとに何を構築するのか」という将来を語れる人ではないのか。山のような訴訟を起こされてて、不動産王と呼ばれるもそれで成功したわけではなく、金持ちらしいけど所得は公開せず、脱税疑惑もかかってる。何より国政未経験者である彼に国のかじ取りを任せようと思う根拠は何なのか。

先ごろ亡くなった米国の未来学者A・トフラーは30年前に「第3の波」と称して(人類変革に起きた第1の波は農業革命、第2が産業革命)、情報化社会の到来と、それによって起こる大衆迎合社会の台頭を予言してた。ネット社会に警鐘を鳴らすものとして盛んに取り上げられたりもしてたけど、「信じたいと思うものしか信じない」頑なさに捉われた人たちに、果たしてその警鐘は聞こえるんだろうか。
あんだけ稚拙な討論会を恥ずかし気もなく披露する方もする方だけど、それ見ても支持を下げない方もちょっとおかしい。いい加減、気づくべきなのだ。キラキラした未来を語る指導者はウソついてる、と。何かがあって(あるいは壊して)現状がぱっと明るくなるほど、世間は、世界は単純ではない。ちょっとづつ軌道修正して、明るくしてくしかないのだ。

絵札氏には、「感情に任せて黒いアタッシュケース持ったSPを呼びつける(ボタンを押す)」可能性がある。それだけで「選ばない理由」になると思うんだけどなぁ。ダメかねぇ。って、まだ決まったわけではないけどさ。でも落選したらしたで、「情報操作だ」とか「陰謀だ」とか言ってえらい騒ぎになりそだな。

今日はずーっと紙仕事(制作ではなく)をしてた。夕飯は牡蠣のオイスターソース炒め。ソースの黄金比なるモノを見たからだけど、我が家の味としてはちょっと甘かった。反省。ほうれん草も炒めすぎたしね。
にしても夜になると冷えるねぇ。鍋したいな、鍋。







"(-""-)"
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by yukimaru156 | 2016-11-07 01:08 | 我思う | Comments(0)
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昨日、ブログ書いてて“何のこっちゃ、と思われてるだろーなー”と思ったので写真撮ってみた。相変わらずきちゃないカットボードでごめんです。つか、載せてもわかりにくいのでは…と思うので再び解説。
いっちゃん上が豆本付き「落ちないクリップしおり」。(このクリップのためにわざわざ浅草橋まで行ったよーなもんだ) 2列目左が昨日書いた、「端折った作り方だと表紙が持ち上がってしまう」という例。本来は表紙、裏表紙、背表紙と別に作って1ミリないし2ミリの間隔を開けて…みたいな作り方しないと閉じたときこうなる、てことね。それを解消するために試作したのが2列目右。マステを巻いたビニワイヤー。これを半周させて表紙を留める、てしたわけだけど、裏表紙および背表紙がいまいち美しくない。で、3列目右のように裏表紙ではなく、ラストページにワイヤーを挟んでみた。閉じてもすっきり、でしょ? 悪くない形になったと思うんだけど。(ちなみにこれ、1マス1センチね)

今日はチジセン。11時過ぎくらいにハハと出かけた。てくてく歩きながら、まだ売れない建売り住宅見たり、荒れ放題の庭を見て『おばあさんが生きてたころはキレイにしてたのにねぇ…』とため息ついたり。緑は、ちょっと管理しないだけですごいことになってくからね。野趣あふれる庭も好きだけど、ご近所や通行人の迷惑になることも多々あるし、何より「手を入れなければどんどん手に負えなくなる」からね。庭師代も大変なことになるし。だから庭木を植えない、てウチが増えてくんだと思うけど、それはそれで寂しいよねぇ? 緑が風を呼んでくれるんだしさ。

投票後、ハハと卵買って帰宅して『喉乾いたね~』と水分補給してたら雨。慌てて洗濯物を取り込みながら、何ていいタイミングで行って戻ってきたんだ、と思ってしまった。以降は降ったりやんだりを何度も繰り返してたねぇ。やっぱ投票率にも影響したかな。
投票後はひたすら右の豆本を作ってたので、今回の選挙で思ったことをいくつか。

告知後、まず思ったのが、与党も野党もバカなんだなぁ~、てこと。K氏を党推薦しない、まではわからなくもないけど、『応援した党員の資格はく奪、その親、親族も他の候補に入れることを認めない云々』と言いだしたとき、あ、こりゃダメだ、と思った。党員の親や親族が誰に入れるかなんてその人の勝手で、別の党に入れたからってとやかく言われる筋合いはないっしょ。そう念押ししておけば票が流れない、と考えた時点でアウトだよ。大体、党推薦なし、としたことでK氏を勢いに乗せてあげたよーなもんだしさ。加えてモトチジの『厚化粧の女に都政を任せられるか』発言。あほちゃうか。都政とカンケイないじゃん。この人を引っ張り出したのはトギレンの息子みたいだけど、これがもーダメ押しだったね。M氏が慌ててフォローしてたけど後の祭り。
このM氏、どんな人かよく知らないのだど(たぶん大方の都民がそう)、かの地では『東京の一極集中を許すな!』とぶちあげてたそーだよ。いや、それは正論だと思うけどね。そんな人が都政担って何するんだ? トギレン壊してくれるのか? と突っ込みたくなる。

あたしさ、最初はU氏でも悪くないかなと思ってたんよ。でも降ろされたじゃん。野党みんなでT氏推すことになって。で、最初は『U氏の政策を引き継ぐ』とか言ってたのに、それはほんの1、2日。代わりにどんなこと考えてんのかと思ったら、都政ではなく国政語り出して「???」。そんで突っ込んでくと「何もない」に近いんだよね。女性問題浮上でぎゃーぎゃー騒いでたけど、アレなくてもダメだったんじゃないかな。
あたしさ、U氏だったらもしかしたら勝てたんじゃないかと思うよ。支援者いっぱいいたし(この人たちの票はT氏には流れなかったと思う)、前回も出たことで多少の認知度はあるし、今度はじっくり聞こうか、と思う人もいっぱいいたと思うし。少なくともあたしはそーだった。

トミンはトギレンに嫌気さしてんだよ。まずはそこんとこをわかってないといけなかった。ゼンチジの問題ではあったけど、根本はそこ。なぜ彼の行動を誰もいさめなかったか、なぜ彼が「不適切だが違法ではない」で乗り切れると思ってたか。自分たちも同様のことしてるからに決まってる、とみんな思う。だから都政も五輪も大事だけど『そこに斬り込む』と言う人を望んでた。与野党関係なく。
ある意味、結果の見えてたトチジセンだったよーに思うね、与野党の動き方で。それじゃ票は逃げてくだけだよ、てのが多過ぎだった。
しかし21人も手を挙げながら、まるで3人しか候補がいないかのよーな取り上げ方してたマスコミもどーなのかなー、て気はしたな。少なくともT氏よかマトモな人、いっぱいいたよ。
さて。まずはK氏がどこの掃除から始めるか、だねー。






( ̄▽ ̄)
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by yukimaru156 | 2016-08-01 00:43 | 我思う | Comments(0)
ただでさえ「歩きすまほ」が危ないって言われてんのに、あんなモンがGOしたら危険極まりないと思うんだけどねぇ~どーなんすかね、そこんとこ。『線路にはいません』てったって道路にゃいる(らしい)しね。要請があって『出雲大社から外した』『熊本城から外した』てネット記事にあったけど、それで外せるんだったらびしばし外してった方がいいと思うなぁ。
てゆーかさ、『これで人が来るようになった』と言っても「来た」だけで、そこで「げっと」しただけで他に何のリアクションもなければあんま意味はないよーに思うのだけど。自分のことばっかで、コミュ障に拍車がかかるだけのよーな気もするし。

と、そんなことをつらつら考えながら製本の続き。たいして進行しなかった…ちょっとメールしたり(どちらからも返信はなし…2件ともとりあえずの返信が欲しいのだけど)、古新聞片付けたりしてたかんね。じきにどーぶつ病院のお時間となってしまった。
ここ数日はざーざーでもぎらぎらでもないせいか、ちょっとまた混むよーになった。過ごしやすくていいけどねぇ。梅雨明け前であること考えると「これからが怖い」ねぇ。

昨日のバスツアーはそれなりに楽しんできたのだけど、観光地ではあっても「さびれてきてる感」は否めなくて、クルーズ発着場やその周辺の廃れ具合(て言い方悪いけど他にどう表現したらいーかわからん)、建物の老朽化や商品のイケてなさ(言い方悪いけど他に…以下同文)、人気のなさ(平日なせいもあるかもだけど)、にちょっといろいろ考えさせられてしまった。
流通事情が良くなると、それまで「現地ならでは」の食材や商品なんかが手軽に入手できるようになり、「わざわざ出かける」必要がなくなってしまう。「◯◯県限定」としたところで、ネットでも簡単に手に入ってしまうしねぇ。新鮮食材も同様。となると、「売り」に出来るのは風景や空気や、あとはおそらくは寿命がさして長くないであろうテーマパークやアトラクションだよね。これ、次々と付加価値つけられるならまだしも、そーでないとすぐ新鮮味が失われ、人が離れてしまう気がする。人の名前を冠した「◯◯記念館」みたいなモノも、その◯◯さんについて知ってる人が少なくなったら閑古鳥、て話も聞くし。(トラさんも最近は芳しくないそーだ…)

土産物屋であれこれ買ってたらすごく喜ばれて、『売り上げ悪い日なんか自分で買わされたりするのよー』とおばさんがカラカラと笑ってたけど、いやそれは笑える話ではないんじゃ…とか思ってしまった。まぁ、笑うしかないよな、て気もするんだけどさ。
人を呼ぶ努力を怠って『売れない』と嘆くのも、人がいるけど売れないのをケチ呼ばわりするのも違うだろ、とあたしは思うのだけど、ではどうすれば、は難しい問題だ。金をかけなければ人は来ないけど、その金はない、てのはね。どーどー巡り。あ、だからぽけもん豪、なのか。違うか。いや、連中のおかげで人がにぎわって現地の人がほくほく、となるならいーんだけどさ。ならんよね、たぶん。シャッター商店街よろしく、泣いてる観光地もいっぱいあるんだろうなぁ。地方活性化に必要なのは何だろね、金以外で。知恵か。

明日は久々の友人らとBBQだ。う~ん、楽しみー。ハラヘリで出かけないと! そんでちゃっちゃかと豆本仕上げてかないとな。







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by yukimaru156 | 2016-07-24 02:18 | 我思う | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


by yukimaru156