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夜の訪問者

昨夜、3時までやってたのだが、さすがに微妙なちぎりが出来なくなって、残り15で断念した。カラータイルに貼るのは、全部ちぎって上に載せてから糊付けに入るので(この方が効率がいい) ちょっと迷ったあと、そーっとそーっとタイルを載せたプラ版を箱にしまう。このとき風でも吹こうもんなら125枚分のちぎり絵を集めるだけで大変な作業になるので、(つーか、その前に発狂するわな) 慎重に移動。深夜に絶叫しないで済んだ。

そんで昼にマック前でイラストレーターのAN嬢と待ちあわせ、店に直行するはずが、なぜか100円シェイクで作品の見せ合いっこ。納品のときはゆっくり見られないからさ。手作り絵本なんだけど、えらいキレイな仕上がりで、市販されてるみたいな出来だった。パステル調の色んな猫(きのこねことか、葉のしたねことか、えーと、何だっけ。とにかくいっぱい) の絵本で楽しげ~。こういうのって考えるのがまた楽しいんだよね、わかるわかる。

店に行ったら、『さっきまで「ぶらり駅の旅」の撮影が来てた』と店長殿が言う。つーことは、シェイク飲んでなければ阿藤快氏に会えたのかもしれん!つーより、『お、作家さんが来ましたね』とか言って作品もオンエアされてたのかもしれんのだよね。うわー、いまになって気づいた!しまったー。
納品済ませてちょっとお店で和んだあと、ランチする。初めて、彼女がタメ年だったことを知った。ひょえー、5歳はあたしより若いと思ってたさー。彼女もだったらしーけど。屋外イベントではよく会うのだけど、そういう話はしなかった。でも「年齢不詳」な人ってメチャ多いんだよ、この作家サン世界って。別に隠してるわけじゃないけど、何となく訊かないのね、お互い。

さて、やっとタイトル。帰宅してさくさく作ってたら夜になって、もーこの夏は一体いくつ来たんだか!とキレかかる来訪者登場。くそぶん。もといカナブン。ウチはサッシではないので(木枠の窓なのね) サッシは後付けなんだけど、窓と結構隙間があって、どーやらそこから入るらしい。照明のカサにかっつんかっつん当たって埃を撒き散らし、出たいんなら入ってこなきゃいーものをぷんぷか飛び回る。デカイので3センチはある。そういうのが多いときで日に3度も来るのだ。頭にも来るでしょ。こないだなんか、チラシの山に突っ込んでわしゃわしゃと暴れてくれたんだぜい。逃がしても逃がしてもまた別のが来る。あたしの部屋はレジャーランドかっつーの。

あ、また来た。ムカカ~。
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by yukimaru156 | 2006-08-31 00:43 | そんな1日 | Comments(0)

『キンキーブーツ』

2006年 英国作品
1ヶ月切ったと叫んでたくせにこの余裕?と言うなかれ。3日間引きこもって細密ちぎりに精出して、10枚の額に金具取り付けて(何せ安い額なもんで自分でやんなきゃならんのよ) ウォールポケット24個に切り込み入れて(こーしておくとお客さんがカードを取り出しやすいのだ)、これから1センチ×1センチのタイル140枚にちぎり貼る作業に入るんだからさ、このくらいの憩いは許されて当然でしょ。明日の納品分もばっちしだしね。

イギリスで実際にあった話。創業100年の紳士靴メーカーが倒産の危機にあって、3代目社長が突然亡くなって「どうしよう、どうしよう」が口癖の4代目若社長と頑固職人たちの奮闘記。ちょっとしたきっかけで目指すことになったのが「キンキーブーツ」。キンキーとは「性倒錯」という意味なんだそーで、日本語に訳すと「女王様ブーツ」。タイトで真っ赤でセクシーなピンヒール。それを履くのは、「女モノはすぐにヒールが壊れる」ことを嘆くガタイのいいドラッグクィーンたち。新市場開拓なるか?!って、なったから映画になったんだけどね。

まずびっくりは、火曜1回目でほぼ満員なこと。レディースディでも映画の日でもないのにさ。でも「元気になれる」なことが約束されてるような話だから当然なのかも。前評判もいいし。(つまり約束を破られないってことね)
職人たちとの確執とか「社長に向いてないけど潰したくない」若社長の意気込みとか、田舎(靴工場は田舎にある)ではドラッグクィーンなんて性倒錯者以外の何者でもないから、彼女(彼?)の孤独感とか苦悩とか、そういうもの全部ひっくるめて安心して観てられる。
こういうのって結末がわかってるから、そこまで「どう見せるか」が監督の腕だと思う。役者もだけど。ソツなくOK、というとこかな。でもドラッグクィーンたちがヘビーな靴音をざっくざっくと響かせて歌い踊るシーンは爽快。手作りで靴が仕上がっていく工程も“ちょっと高くても一生モノのいい靴が欲しい”と思わせる。ブランド物を支えるのは、洒落た店のコギレーなにーちゃんねーちゃんじゃなくて、見た目冴えなくて小汚いエプロン姿でも誇りを持つ熟練工たちなんだよね。

観終わったあと浅草橋へ出て作家御用達の買い物して、帰宅してタイル並べて、いま半分ほどちぎり貼ったところ。あと2時間くらいで終わるかな。明日は「猫の額」に高円寺まで納品だー。
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by yukimaru156 | 2006-08-30 00:42 | 行った観た読んだ | Comments(0)
早いもんでこのブログ立ち上げて1ヶ月が経った…あっちゅー間だ。あ、でもこれが更新されるのは29日になるから、1ヶ月と1日ってことだ。そんでもって絵本原画展まで1ヶ月切ったってことだ。あわわ。

ブログを始めたときは「原画展2ヶ月前!」と自分なりの、えー何だろ、ともかく何だ、節目的な気分だったんだけど、気合い入ったんだか入ってないんだかな状態で1ヶ月切ってしまった。ブログを読めば一目瞭然だな。制作に関わる日記とは言えん。ま、ずーっと制作してたらそれについて書きたくはなくなるから、ここで「違うこと」に発散させてもらってる感じでもある。

去年、初の個展をやったとき、ちょーど1ヶ月前に『制作日記』なるものをノートに書き始めて、それを個展でオヒロメした。「よくこんなモノを書いてるヒマが!」という突っ込みは当然至極なわけでへらへら笑ってたんだけど、意外に好評で熱心に読んでく人が多いのはびっくりした。あたしにとって書くのは吐き出す行為と同じで、書くことで楽になれるんだけど、それを受ける(読む)方は大変なのではないかと思う。(吐き出すっていい表現じゃないなー。でも他にしっくりする言葉がない。日頃、思ったり考えたりしてることって体内に溜まってくから、妙な澱になる前に吐き出さずにゃおれんのだ、あたしの場合)
ストレスが溜まるのとはまたちょっと違うから(そゆときもあるけど)、発散と呼ぶよりは出してすっきり録音室(音を入れる部屋ね)、の方がニュアンスとしては近いかもしれない。

なんつーことを書いててもしゃーないやね。
『猫の絵本展』に出品する作品が全て出揃って梱包も済ませたので(搬入は手持ちだから楽だ)、まずは先発隊準備よし。いざ本陣の個展へ!と叫びたいとこだけど、青山のPIGA画廊『秋の宴展』が手付かずなのだ…その前日からの三鷹のギャラリー犀は8割方完成したんだけど、まだしばらくは「3本同時進行」を続けなきゃならん。

9月28日~10月3日の個展を入れると10月だけで5本、というのは異常だが、前半2週間に4本、というのは常軌を逸してると自分でも思う。昨年の秋も似たような状況だったが、某ギャラリーに「顧客が分散されて(こちらには)お客さんが来なくなってしまうのでは…」と言われたのが引っかかってて、今年は「あっちもこっちも呼んでやる作戦」を立てた。

新キャラ見参!『Mr.かたくりのとある1日』(8枚連作)が見られるのは、ギャラリー犀の『小さい額の大展覧会』(10/13(金)~10/25(水))だけ!

自分の首の絞め方だけは上手くなった。あー、秋の虫が鳴いてら。
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by yukimaru156 | 2006-08-29 00:42 | Comments(0)

携帯電話

以前ここで、「なぜ持たないかいずれ書く」と書いた気がするので、書く。まあ、知ってる人は知ってる話でいまさらなのはご容赦。
「嫌いだから」の一語につきる。ホントに嫌いなのだ。できれば一生持ちたくない。それではすまないだろーという意見も多々あるわけだけど、とりあえず「すまない状態」まで持っていたくない。

だってとてもとても首輪な感じがするからだ。

いつでも連絡が取れる、というのは便利なのだろう、確かに。便利だから何だ?という問いに答えられる人はあまりいないようだが。不便結構。あたしは待ち合わせ場所で本を見ながら人を待つのが好きだし、1時間待って現れなかったらとっとと帰る。会えなくて残念、とは思うが、携帯持っていれば、と思ったことはない。遅れた奴に『雪丸が携帯持ってないから…』と言われる筋合いはない。謝れば済むことなのに、なぜこっちが責められるんだ?

携帯って、いつ鳴っても許されると思ってるところも嫌いな理由のひとつ。友人と楽しく食事してたり、買い物してたり、ギャラリーで和んでたり読書してたり、ひとりでくつろいでたり、せっせとちぎり仕事に精を出してるときに呼ばれたかーない。どんなに仲のいい友人相手でも、だ。きっとあたしはとても偏屈なのだろう。電車の中でメールやってる人たち見てるだけで不快だし、苛々もするし、それで目の前の妊婦や具合の悪い人に気づかない人を見ると取り上げて捨ててやろーかと思ってしまうのだ。

携帯を待つのもやるのも自由だ。一緒にいる友人が使ってても平静を保つことはできるし、とやかく言うつもりもない。だから、彼、彼女たちがあたしの「携帯を持たない自由」を認めないときにひっじょ―――にむかつくのだ。こっちの譲歩を無視してさらに譲歩を求められてる気分。そのことに気づいてないであろうこともまた不快だ。
『作家がそれではまずいんじゃないの』とはよく言われるが、不思議と同業の作家さん、付き合いのあるギャラリーやイベント関係者にこれを言われたことはない。言うのは非作家さんである友人らだ。むしろ、作家さんは持っていないことを羨ましがる傾向すらある。ザマミロ携帯。お前を持ちたくない人だって世の中にゃいっぱいいるんだ。

何でこんなに携帯が嫌いなんだろな。前世で何かあったんだ、きっと。
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by yukimaru156 | 2006-08-28 01:04 | Comments(0)

秋桜の葉っぱ

『猫の絵本展』に出品する額絵(ちぎり絵とお話つき)のマットにコスモス(って打っても秋桜とは出ないのかよ!)をちぎり貼ってて、ひとつ入れたところで“こうすればもっと秋桜らしくなる”というのがわかって、ひっぺ返したかったのだけどガマンしてあとの二つに細工をする。上出来。ハハに見せたら「きれいなコスモスねぇ~」と言ってくれたが、細工の違いはわからなかったらしい。なーんだ、ちっ。
しかし難物は花ではなくて葉。コスモスの葉って人参の葉っぱみたいなんだけど、わかる?線香花火に似てると言えばわかりやすいか。細~いのが枝分かれしてるのよ。ちぎったよ、もちろん。厄介だけど出来なくはない。珊瑚をさらに細くちぎる要領。を説明してどーする。こんなこと出来て悦に入るのはきっと世界であたしだけ。いーもん。特製梅ジュースで乾杯。

そー言えば昨日、このマットを加工してもらいに行ったのだけど、待ち時間が1時間半あって、珈琲行くかと思ったけど自制して本屋に入った。すっかり古本屋の馴染みになっちゃってるので、マトモな本屋で長居するのは久しぶり。しかし本がありすぎるのは返ってわかりづらいな。五条瑛(が女性であることを先日初めて知った。しかも元防衛庁職員!『プラチナビーズ』買っておくんだったー!)を探すにも、出版社の棚ごとに回らなきゃならん。見比べられない。意外と不便。

そして見つけてのけぞったのが火浦功!わっかるかなー。これ読んでる人の何人がわかるんでしょう?高校時代、この人の「意表を突いた外しっぷり」に大いに楽しませてもらったのでした。ジャンルで言うとSFか、ハードボイルド・コメディ。としか言いようがない。
探偵が犯人を追う。犯人が咄嗟に何やら投げつける。手に取るとそれはエアパッキン。『しまった、これを手にしたら最後、全部潰さないと気がすまない!』…かくして犯人逃走、みたいな。国家機密とかマッドサイエンティストとか入り乱れつつ、とりあえずそれなりにちゃんとした筋を持って進む。

そんな彼の代表作のひとつ『高飛びレイク』が新装版で出てた。帯分の作者のコメントが笑える。『20年ぶりに校正してみて、自分で展開が読めませんでした』
いま読んで、当時みたいに笑えるのかなぁ。ちょっと試してみたい。
『デスノート』の番外小説『アナザーノート』をにまにまして読んでるうちに90分経過。もちろん何も買わなかったよ。
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by yukimaru156 | 2006-08-27 01:47 | そんな1日 | Comments(0)

財布が欲しい…

ただひたすらちぎってるだけというのは幸せなんだけど、実際問題としてはそーもいかない。むしろ、「ちぎり」以外の作業に追われがちになって、それはれそれで苛々したりする。紙切ったり(絵本用だけでなく、グリーティングカード用とかしおり用とか)、製本したり値札作ったりポップ作ったり、納品書書いたり整理したりDMの文章考えたり、次の作業に入る前に机のチラシの山片付けたり、作ったはずのパーツを探したり脱線したり…そゆことしながら次の絵本の展開とか考えたりしてるわけで、最近ではこれに「ブログネタ」も加わった。
ちぎってるだけでいいなら幸せなんだけどねぇ。作ったらどこでどー売るかとかも考えにゃならんし。

いつかやらねば!と思いつつやってなかった名刺を整理した。交換したらウラに「いつどこで」を書いておくのだけど、それでも思い出せない人が結構いたりする。作家さんてのは殆どが個性的な絵や柄を入れてて、眺めているだけで退屈しない。イラストレーターの人は大概は自分の絵を入れてるしね。
積み上げたら12センチになった…くわばらくわばら。

個展案内と出版案内はなるべく出したいと思っているけど、まずはお客さま第一。そんで作家仲間とギャラリー。これに、いままでやったことなかったマスコミや情報誌も加えるわけで、発送費を考えるとユーウツ。
結構迷ってたんだけど、原画を飾る額は100均で400円の額にすることにして、9枚買ってきた。予算の1/3というところ。ま、売りモノじゃないからいっかってことで。ホントは「個展後、中身を替えて売り物を入れる」ためにいいのを買いたかったんだけどさ。
あー、中身の減らない財布が欲しいー。
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by yukimaru156 | 2006-08-26 00:10 | そんな1日 | Comments(0)

ベットの下

昨日の夜、ベットに乗って物を取ろうとしたら「ぐわぁがごっ」と音がした。ベットの底板が外れたのだ。床下まで落ちなかったのは、ベットと床の間は「得体の知れないモノ置き場」だから。何で外れたのかとゆーと、いきなり体重が増えたわけではなくて、単に老朽化だと思う。オトート共がガキの頃に使ってた2段ベット(の1段目部分のみ使用)だから、30年は経つ代物だ。

昨夜(つーか朝方)は何もなかったことにして端っこに丸まって寝たが、そういう日を続けるわけにもいかない。布団を丸め、マットを出し、底板を外す。ベットの下は埃にまみれた異空間(ちょっと大げさ)だった。ミニカーの残骸群やレゴブロックは許そう。爆風スランプやバービーボーイズのツアーパンフや、昔手伝った同人誌の束は見なかったことにする。

しかし何だ、あの黒塗りのでかい丸盆は。中央に朱塗りで「韓」とあるぞ。

あとでハハに聞くと、「おばあちゃんが買った中華テーブル」で、よーするにテーブルの中央に置いて「ぐるぐる回せるやつ」だそーだ。中華のフルコース(5人前)が出せる食器が揃ってるのだから、これがあって当たり前かと納得したが、フルコース食器すら全部出してるのを見たことないのに使う機会はあるのか、これは。カードや小物作品載せてぐるぐるするか。直径70センチくらいはあったし…ということは考えなかったことにする。

ま、いちお埃だけでも片付けとくか、と掃除機で吸引。待ってたよーにフィルター交換ランプ点滅。あたしが掃除機使うとこのランプがつくのはなぜだ。ベランダはマットと底板でふさがれてるので部屋で端折ろうとして飛散。悲惨。錯乱。目的から外れまくり。
どーにかやっつけてベランダに立つ。この時点ですでに消耗。錆びた釘を抜き、ナグリ(鉄鎚のことをあたしはこー呼んでた。裏方大道具をやってた頃) と丸釘で板をきっちり合わせる。汗ぐっしょり、カラダぐったり。こういうときは炭酸系が欲しくなるのでコーラがぶ飲み(と言ってもコップ半分)したら、汗がもっと吹き出てカラダが重くなって、余計不快になる。喉越しはいいんだけどさ。で、熱~い煎茶を飲んでやっと一息ついた。

こゆことやってるから明け方まで作る羽目になるのだ。夜はだいぶしのぎやすくなったので制作が進むからなんだけどさ。
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by yukimaru156 | 2006-08-25 00:41 | そんな1日 | Comments(3)

続・古本屋にて

昨日、古本屋でのことの続きというわけではないのだけど、書いてたらまたまた(反省もどこへやら) 長くなってしまったのでびびって消して、今日も再び。

かの古本屋さんは以前の敷地(昭和通りの角地)にいた頃、『1分に1冊売れていた』(H氏談)のだそーだ。ハハに言うと、『戦後まもなくの頃でしょう?当時は本を買う余裕すらないから、みんな古本を買ってたもんね』と言った。なるほど考えてみたらそうだろう。娯楽なんて殆どない時代だし、という見方もできる。
いまは娯楽に溢れてるし、「マンガすら読まない」子供も増えているのだそーだ。そのうち「文字が書ける」というだけで尊敬されたりしてな。いまだってちょっと難しい漢字を書くと「物知り~」と言われたりするもんなぁ。あたし自身は難しいとも何とも思わずに書いてるだけだけど。ちなみにあたし、第1回漢字検定に落ちてます。自己採点96点で落ちたってことは、合格ラインは97とか98だったんだろね。

あたしが高校生のときだから、かれこれ20年前、「少女変体文字」という言葉が飛び交ってて、文字を丸くデフォルメして書くことで「けしからん」的な風潮だったんだけど、いまの子は「カギ文字」と呼ばれる、引っ掻いたような痛々しい細い字を書くらしい。そう言われれば、芳名帳に書かれる名前もそんな字が多い気がしてきた。字の穴の部分(「る」とか「ま」とか、くるりと書くとこ)が、尖ってるんだよね、何となく。

友人の娘(中学生)が英単語の練習をしてて、活字体で書いてるから「筆記体の方が早いんじゃない?」と言ったら「筆記体って?」と言われたのだそーだ。いまの子は筆記体を習わないらしい。確かにちょっと面倒だけど、覚えれば何てことないし、書くには断然早いのにね。でも本場では手紙も活字で、筆記体は署名くらいだし、必要ないっていえばないのか…いいのか悪いのかわかんないや。そゆことが多すぎる、最近。

何でこんな話になったんだっけ。本を読まなくなって、字を書かなくなって、文盲(モンモウ、と入れたら出てこなくて慌てて辞書をひきに部屋に戻った!モンモウでいいんじゃん、バカか、このPC?!)が増えるかもしれん、ということを書こうとしたのだった。
あ、でも『えんぴつで○○』ってのが流行ってるんだよね。奥の細道とか、写経感覚で字を書いてくの。「字を書くのが新鮮」って、若い人が買ってくんだって。手紙書けよ。

今日はひきこもってずーっと作ってた。『猫の絵本展』に出品する原画絵本20冊完成!って、サンプル入れて21冊のはずでは…と固まったあと、凹む。初回納品は10冊だし、納品日は30日だからいーんだけど、この「数間違い」って結構へこたれるのよ。
長野からトウモロコシが届いて美味しく頂いた。やっぱ取れたては新鮮で甘くていいねぇ~。腹満たして凹みを直したよ。また長いや、ちぇっ。
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by yukimaru156 | 2006-08-24 01:29 | 我思う | Comments(0)

古本屋にて

ハケン仕事のあと、2日~3日に一度はふらふらと吸い込まれるように入ってしまう古本屋がある。“読んでない本がまだあるのだから入ってはいけない、買ってはいけない…”と思って結構ガマンしてたのだが、本の背表紙を眺めてるだけで気分が落ち着つくという言い訳をして足を踏み入れた。

“入っても買わないぞ”とココロして入り口に立ったら、奥から名前を呼ばれてびっくりした。顔をあげると、3年前(いや、4年か?)お世話になって、以来ときどき顔をだすギャラリーのオーナーがにこにこと笑っている。古本屋の店主と談笑中だったらしく、店主もこちらを見て軽く挨拶してくれた。『会社のあと、よく立ち寄るんですよ』とギャラリーオーナーのH氏に言ったら、店主が『ええ、そうですね』と相槌を打ってくれて、何だかとても嬉しくなってしまった。よく顔を出すと言っても、仕事は月に8日間だけだから、頻度としては微々たるものだ。昨年くらいまでは、毎月何冊か買ってたけど、いまは節約の日々で“見てるだけ”で申し訳なくなる。

聞くと、H氏と店主は『こんなちっちゃい頃から』の仲だそうで、この奥村書店の創業は昭和26年。50年目に火事で全焼し、通りを1本挟んだいまの店を開けて5年、ということだった。H氏が言う。『いまねぇ、この店を閉めるかという話を聞いてたんだよ』
あたしが驚いて『そうなんですか?』と聞くと、店主は苦笑まじりの顔で『この仕事がつまらなくなっちゃってねぇ』と言った。本を読む人口が減ってるから経営が苦しいのかな、と思ったらそういうことでもなさそうな返事だった。

『悪いのはお客さんじゃなくて、市場なんですよ。もう嫌気がさしてきちゃってね。いろいろあって一口では言えないんですが、それはこっちの事情であって、お客さんには関係ないことでしょう?謝ってばかりでは楽しくないし、申し訳ないばかりだしね』
その「悪いのは市場」という理由をすごーく聞きたかったのだが、お客さんも何人か入ってきて、ゆっくり話ができる感じではなくなってきてしまっていた。
店主が『いまはネットで買えるしね』と言うので、あたしはネットで本を検索したり、著者や内容を調べたりすることはあるが、ネットで買ったことはない、それは手に取って初めて「おもしろいか、おもしろくなさそうか」判断できるものだから、と言うと嬉しそうに『そうなんですよ!』と何度も頷いた。でもいまは、足を運ぶ、手に取ってみる、という行為を不便に思う人が多いということなのだろう。

そうして出来たはずの時間を、人はどう使っているのだろう?身の回りのものが追いつけないほど発達して、人の五感は鈍化する一方のように思うのはなぜなのか。ときどき、行き場のない危機感に混乱する。

H氏は絵本の出版を心から喜んでくれている人のひとりで、ちょうど絵本を持っていたので読んでもらえた。近々ギャラリーに顔を出す約束をして別れる。ギャラリーのオーナーだが、古書店の店主でもあるので、「市場の事情」とやらをも少し詳しく聞かせてもらおう。
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by yukimaru156 | 2006-08-23 01:24 | 我思う | Comments(0)
2005年 本広克行監督作品
週末、殆どひきこもりに近い状態で仕事してたので、ゴーホービに観ることにした。とゆーより前からチェックしてあったんだけど。映画とかは、可能な限りオンタイムに観ることにしてる(これを観たのは20日、ケーブルで鑑賞) それでなくてさえビデオはテンコ盛りなのだ。雷(らい)様の『陸軍中野学校』全シリーズとか『24 Ⅱ』とか(もーⅤまで出てる!いくら何でも話作りすぎじゃないのか?!)とか、カルト系からハートウォーム系まで。ビデオにしとくと、“そういう気分のとき”と思ってしまうから、ズルズルしちゃうんだよねぇ。

SF研究会とは名ばかりどころか、「SFが何の略かすら知らない」連中の部室に、ある日タイムマシンが!って話で、連中がまずすることは『昨日、壊してしまってヒジョーに困っているエアコンのリモコンを昨日に戻って取り返してくる』というもの。それだけ。仮にもタイムマシンだぞ?!他にもっと何かいい活用があるだろがっ!と突っ込む前に連中は真剣に動き出す。
『あった、リモコン!よかった、まだ壊れてない』(当たり前だ)『すげー、ホントに昨日だぜー』『あ、昨日の俺たちだ!あとつけちゃおうぜ』(おばか丸出し)

昨日の自分たちがどこで何をしたかなんてわかりきってるんだから、自分で自分に悪戯することに何の意味が?と思うけど連中は思わない。若さで走ってる。目的忘れる。「今日」に残った子のひとりがふと気づく。『でも、昨日はリモコン盗まれたりしなかったよね…?』リモコン捕獲作戦(?)は既に失敗してるんである。かくして連中は、何とか活路を見出すべく、昨日と今日をただひたすら行き来する。

そもそも、部室にいきなりタイムマシンて妙だけど、考えてみたらちっとも変じゃない。だって、未来の人間が過去に行ったら、現在には「ある日突然タイムマシン現る!」で不思議じゃないのだ。ここもポイント。
数多あるタイムマシン・ストーリー史上、最も次元の低い、スケールのちっちゃい話だ。タイム・パラドックスとか、どーでもよくなってくる。ただおかしい。爆笑ではなく、ただぷくく。
「真夏の部室は暑い→エアコンは旧式すぎてリモコンは直らない→何としてでもリモコンを手に入れねば!」
ホントにそれだけで動く連中がおかしくて、そしてちょっぴり羨ましくもなる。がむしゃらに突っ込む、青春だとか意識すらしない季節というものは確かに存在するのだ。次元の高さ低さは関係ない。

「人を笑わせるのは、泣かせるよりはるかに難しい」と思う。笑いのツボは人それぞれだから。あたしは三谷監督の『有頂天ホテル』を笑えなかった人間だ。笑うところだ、と理解してはいるが、予定調和的な感じでダメだった。でも結構ヒットしてたよな。話それるけど、あたしはかの『ダビンチ・コード』もダメだった。小説の方だけど。半ばまできたら、ただ早く読了して次に行きたくて加速した。そういう奴だから、世間一般の「いいとされるもの」とズレがあるのかもしれない。そう思いつつ、でもそういう自分が割と好きだったりするのも事実なんだよね。
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by yukimaru156 | 2006-08-22 01:00 | 行った観た読んだ | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


by yukimaru156