清水徹写真展 ヨーロッパ街角散歩/海洋天堂
朝食中、ハハが『今日は牛乳とバターが安い日なんだけど…』と言い出し、しまった、昨夜帰宅したらばそんなこと言ってたっけー、と思い出だして慌てて買い物。それからダッシュで待ち合わせの横浜へ。5分遅刻。やれやれ…もーちょっと早く起きてればなぁ。
横浜から相鉄線で「緑園都市」という未踏の地へ。友人の旦那サマの写真展。サラリーマンからプロのフリーカメラマンになった方で、個展は2度目、かな。(もっとやってたらごめなんさい) 主に風景写真で、今回のテーマは「中欧、東欧」。前回も確かヨーロッパだったけど、このときは行けなかったので、まとめて観るのは初めて。プロの写真てやっぱひと味違うなぁと思いつつ、50枚近い写真を拝見した。意外だったのは、これら写真が「旅行代理店のツアー」で撮ったものだ、ということ。まぁ、考えてみれば現地に個人で飛んで、移動手段の手配から宿泊の手配までするのは大変だし当たり前、なんだけどね。何か「撮影のために」行くとなるとツアーでは不都合なのでは、と勝手に思い込んでたのだ。留まりたいときに移動、なんてザラだろーし。
歴史を感じさせる街並みや、聖堂や海や空もいいけど(日本と色が全然違うんだよねぇ)、あたしはどっちかってーと路地裏に魅力を感じる人らしく、石畳とか細い路地に出たテーブルと椅子とかカフェの看板とか、そういうのに魅かれた。細くて暗い路地裏の向こうが真っ青な海、なーんて“おおっ!”とか思っちゃうんだよね。30分弱に編集されたビデオも素敵だった。
最終日だったので、本人も(もちろん奥さまも)いらしてたのだけど、結構人も多くて、簡単に挨拶してギャラリーを辞した。そんで次に向ったのが有楽町。
海洋天堂(11年、中国)
ジェット・リーが初めて「ノーアクション」で挑んだ、自閉症児を抱える父親役。脚本を読んだ彼が号泣してノーギャラでの出演を決めたってことで“泣けるのかぁ~”という先入観がよくなかったな、とあとでちょっと反省したりして。いや、つまんなくはないですよ、念のため。泣ける、というよりは「泣ける話を淡々と描いた」作品、てとこかな。妻を事故で亡くし、男手ひとつで自閉症の息子を育てる、水族館勤務のシンチョン(J・リー)。平穏に思えたその暮らしは、彼が末期がんで余命3ヶ月と診断されたことで一変する。成人した自閉症者の面倒を見てくれる施設はない。自分が死ぬ前に、彼がひとりで生きていく術を身に着けさせなくてはならないのだ。着替えの仕方、食事の作り方、バスの乗り方…そして「自分の死を受け入れさせること」。
障害児を抱える親御さんの最大の苦悩は「自分の死後」だ、と聞いたことがあるけど、たぶんその通りなのだと思う。自分が生きているうちは面倒を見ることができる。でもその後は?成人しててもひとりでは生きていけない子供をどうすればいいのか。進行する病魔と闘いながら、必死に最適な方法を模索する彼の姿は切ない。「自分が死んでも、息子は(それが理解できないから)淋しくはないだろう」って、親としてはつらいよなぁ。もちろん、泣いて暮らして欲しいとも思わないだろうけども。
父子の間に入る何人かの女性たちとの交流にほっと和まされたりして、暗い話ではあるけど悲観的な結末ではなく、後味は悪くなかった。泣けるのかな、という先入観がまずかっただけ、か。場内ではすすり泣きがしてたけど。
帰宅する頃(7時過ぎ)は眠いなぁ~だったけど、午前を廻ってからまた目が冴えてきてしまった…イカンな、これは。
明日はまたそば屋。で、なおかつ「ご飯付きメニュー」が時間限定で始まる…さーて、どーなることやら、だ。現場は混乱、なんてことになりませんよーに!