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いっしん虎徹 山本兼一著

刀を生み出すために必要な、火、水、木、金、土。五元素の全てのものが揃ってかつ、そこに人の叡智なくしては生まれないもの。たった1振りの刀に、どれほどの労力が必要なのか。何となくわかってはいても、わかっていなかったとつくづく思わされる。

長曽祢興里(ながそねおきさと 後の虎徹)は江戸時代の実在の人物だ。もとは腕の立つ甲冑師でありながら、30代半ばにして(この時代としてはものすごく遅い)、刀鍛冶を目指す。天下泰平のときに甲冑は必要とされなくなる、と見切ってのことでもあるけど、何よりも「己が作った甲冑を割るほどの刀を作りたい」という欲望からだ。甲冑鍛冶と刀鍛冶は全然別物で、地位的にも雲泥の差がある。笑われ、馬鹿にされても想いは益々強くなり、病弱な妻を伴って江戸へ。もちろん順風なわけではないが、甲冑作りに対しては定評があっただけに(それらをいくつか売ることで)当面の資金繰りにも困らずに自分の鍛冶場を持つことが出来る。いい刀を作るためには、いい火を起こさねばならず、いい火のためには火床が必要で、炭、地金、水、そして「阿吽の呼吸で供に作業できる者たち」がいる。そして万全の態勢を整えていても、「思い描く刀」にはならない。
彼が毎日見つめ、悩み、考え、ただひたすら「いい刀」のために起こす火の描写力が凄い。そして刀。これほどまでに美しい刀の描写を読んだことはないと思う。作者の強い想い入れがびしびしと伝わってくるのだ。

最初に渾身の力をこめて作った刀は砥ぎ師に評価されず、試刀家(という職業があるのだ。彼が実際に斬って、どう評価するかでその刀の銘が決まる)に一蹴され、そして刀の目利きに諭される。
『刀がただ斬るためだけにあるのであれば、その姿に美しさや品を求められはしない』
あぁ、そうか、そうなのだ。甲冑鍛冶から刀鍛冶へと転向するとき、『神宝に刀はあっても兜はないからな』と言われる通り、刀はその他のどんな鉄の道具とも異質だ。ただ斬れるだけではいけない。その上で尚、必要とされるものがある。それが何か、を虎徹と供に想い巡らせることになる。

実在の人物ではあるけれど、不明な点も多いようだ。にもかかわらず“こういう人だったのだろうな”と思わされる。ただ真摯に火と向き合い、鉄と向き合い、一心に刀を打つ。やがて名声を得ても決して驕らず、常にさらなる高みを目指し、そして「生涯にこのような刀が三振りできればよい」と思える刀を作って初めて「虎徹」と銘を入れるに至る。
実際に作られた刀はとても少ないようだけど、その素晴らしさは「在命中から偽物が出回るほど」だったようで、数多の大名、武士たちがこぞって欲しがったそうだ。新撰組の近藤勇がそのうちの一本を持っていたとあとがきで初めて知った。(入手経路は不明らしい) 江戸時代、知らない者はいないほど有名な鍛冶師であったにもかかわらず、彼を書いた本が(柴田錬三郎の短編くらいで)ほとんどない、というのもちょっと不思議な気がした。だからこそ、かくも作者の想い入れの強い傑作が生まれたのだと思うけど。

虎徹が、戦国時代の鍛冶師に想いを馳せるシーンがある。その頃の方がずっと過酷で、いい鉄を入手するだけでも大変だっただろうに、それでも数々の名刀を残している。自分の刀もそこに加わることが出来るのか、それほどの刀を作ることが出来るのか…鎌倉時代の優れた甲冑を手に入れ、『これで素晴らしい刀が作れる』と狂喜し、そして出来た刀に『先達たちの素晴らしい仕事のおかげ』と謙虚に身を引き締めるあたりがまたいい。
ただ刀鍛冶の日常を綴っただけではなくて、いろいろ事件もあったり権力争いに巻き込まれたりもするのだけど、『先人の鍛冶師たちは、世俗の恨みつらみも涙も言葉にはせず、ただ刀を打つことで乗り越えてきたはずだ』と、自分もそれに倣おうとする姿勢の何と潔くかっこいいことよ!苦労をかけさせてしまう妻のゆきへの想いも、
『刀鍛冶の妻ですから、刀を打つ音が聞こえれば元気になります』
と微笑むゆきの虎徹に対する思いやりも素敵で、こんな夫婦の在り方もいいよなぁ、とほろり。時代小説ファンだけでなく、物作りに励む人、いや「働く人たち」にお薦めの1冊。読後、心地よく背筋しゃっきりできます。

うわぁ、いつものブログの3倍近い時間がかかってしもーた…しかも「全然うまく語れていない」気がするぅ~!
「くり地蔵(仮)」完成まであと3体!(しかも痛恨のダブリ発覚) それからそば屋。雨だし昨日までが嘘みたいに寒いし、でさすがにくたびれた…くたびれたのはこのブログだけど。明日は納品だー。
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by yukimaru156 | 2012-04-15 02:49 | 行った観た読んだ | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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