落合芳幾 回顧展

ぜってー何が何でも行く! と決めてた本邦初の落合芳幾展。が、26日までとはすーっかり失念してて、でもギリ気づいて(間に合って)良かった~。この週末でいつ行けるか考えると、やっぱり今日(か日曜)だなと思い、そんで日曜の原宿を歩く気にはなれないので今日となった次第。ま、原宿なんてもー週末も平日もぜーんぜん変わらない(気がする)けどさ。

国芳の弟子であり、兄弟弟子にあたる芳年と『英名二十八衆句』の競作で知られてるとはいえ、国芳、芳年ほどのメジャーさはないせいか、彼のみの展示というのはこれまでなかった。なので予告を見たときは、もー「うひゃっほう」で「ぜってー行く!」と思ってた。午前中のシゴトを終え、経堂のパン屋とスーパーをはしごして買い物を済ませ、昼食たべていざ原宿。歩いてるのはガイジンかワカモノばっか。はわかるとしても、太田記念美術館も落合芳幾もどっちかってーと「通好み」の場所で展示だと思うのだけど、結構混んでた。

芳幾は17歳で国芳に入門、20代で頭角を現し始め、それからは師の元で個人でも仕事を請け負うようになり、30代で弟弟子の芳年と『英名』を競作する。これはいわゆる「血みどろ絵」で、28の実事件を(多分に虚構も入れながら)描かれた傑作。28枚を14枚づつ描いた、とは初めて知った。芳年の絵ばかりが取り上げられることが多かったせいだと思う。そしてその理由も何となくわかった。「血みどろ絵」は、その派手さがウリなわけだけど(まぁ、いわゆるスプラッターね、当時の)、芳年の方が弱冠派手なんだよね。構図とかも目を引くし。でも芳幾の方がヘタなのかとゆーと、そーでもない。つか、男衆は芳幾が描く方がイケメンだ。いやホント。この目つき(眼力)、たまんないっす! 国芳だって芳年だってそー変わらないけどね。何だろな、ちょっと静謐な感じがするのかな。それが「ややおとなしめ」な印象になるのかもしれない。

浮世絵に描かれる男も女も「みんな似たように見える」かもしれないけどさ、それって「いまの漫画はみんな似てるように見える」というのと同じで、見慣れてる人には「え、違うじゃん!」になるんよ。当時の人たちがこれらに親しんだ、てのはいまのあたしらが漫画に慣れ親しんでるのとまったく同じ。だと思う。キョーミない人は全然興味ない、てのも一緒。にしてもつくづく、「鳥獣戯画」「浮世絵」から「漫画」への系譜に想いを馳せずにはいられないわねぇ。

話それたか。芳幾、芳年が40代となるころ、明治維新があり、江戸は東京になり、美術工芸を問わず、あらゆるモノの舶来品が巷に出回るようになった。それらを彼らがどんな目で見ていたのかは知る由もないのだけど、「新聞錦絵」を刊行したり(いわゆる瓦版みたいなもんだけど、派手な事件を派手に描くから、いまの新聞のような即時性に欠けてもよく売れたみたいだ)、『俳優写真館』として、写真を真似した(写実ではなく)絵を描いたり、時代が変わっても創作意欲は芳年同様、旺盛だったみたいだ。削がれてしまった人も多くいたと思うけど。

いー気分で歩いて渋谷に出、似鳥で先日吉祥寺で買ったのと同じ額を2枚買い、本屋行ったら欲しかったのがなくて続けて2軒回ってなくてがっかり…てゆーか、B1st、いつからヴィレバンになったんだ?! びっくりだ。そして3軒回って買えなかったことにもびっくりだ。ここでダメならどこで買えるんだろー…?

夕飯作って、それからはせっせとちぎちぎ。これまでとちぃーとばかし違う「くりくり」をちぎった。夕飯のこととかこのちぎちぎの話は明日にでも。たぶんだけど。









(´ー`)


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by yukimaru156 | 2018-08-25 02:02 | 行った観た読んだ | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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