2017年 07月 29日 ( 1 )

んんー、ちょっとこの件について触れるのはどーなんだろって気もするんだけど、自分の中でもあっとしてるのもなー、なので書くことにした。

つい先日、ジミー大西が「筆を折った(絵を描くのをやめた)」ことを知った。あたしが知ってるのはスペインに行って、そっちで絵を描いてる、てとこまでなので(10年以上前?)、以降、どこで何をしてたのかは知らない。
一時は「お笑い芸人がなかなかいい絵を描く」てことで話題にもなって(彼の芸風はともかく、犬以上の嗅覚の鋭さにはマジでびびったもんだ。確かどこかの県警の警察犬と勝負して勝ったんだぜぃ)、個展観に行ったりもした。ナマで観る彼の絵は、大胆な色使いとひしめき合う動物たちで楽しませてくれた。盛況だったから成功、でいいんだろうと思う。

で、その彼が芸人辞めて芸術家となったわけだけど、当初どこかの外国で肌が合わずにしばしスランプに陥ったあとスペインに行き、そこで精力的に描き始めた…あと、どーしてたのか知らない。そしたら「筆を折った」というネット記事が載ってて、その理由ってのが

  作品の値段は時給換算すると350円で、焼き鳥屋のバイト料より少ない
  自分の絵はそんなもんなのかと思った

という…ここに反応してしまったわけだな、あたしは。まぁネット記事なんでそれがホントかどーかはわかんないんだけど、いわゆるゲージツカたちの陥る「スランプ」とか「インスピレーションがわかない」とか「気力がない」とかいった類の話ではないあたりが気になったのだ。(記事によると「お金がない」てことになってる。だから「バイトしてた方がマシ」みたいな?)

売れてても売れてなくても「作家」という括りで語らせてもらうと、誰しも一度は自分の作品を「時給換算」してみたことがあるんではないかと思う。1つの作品に5000円の値段をつけて(いくらつけるのかは自分次第として)、人はそれ見て「え、これで5000円?」と懐疑的な目を向けられても、ココロでは「手間暇時間かかってんだよ、時給にしたら200円もしないんだよ、レジ打ってた方がよっぽど金になるんだよ」と突っ込んでるわけだ。(もしかしたらあたしだけかもだけどさ) じゃあなぜレジ打たずに作ってるのかってのは人それぞれだけど、「作りたいもの」「作らざるをえない衝動」があるのは確かで、最低賃金を獲得するためじゃあない。「制作に見合う収入」が欲しいのはみんな同じだし(仙人以外は)、それを生活の糧とできるなら万歳だ。でもそれが出来ない人は山ほどいる。知り合った作家仲間の中で、続けられなくなった、辞めてしまった、て人はいーっぱいいる。(と思う。実際には消息を知らないだけでどこかでちゃんと続けてる人もいっぱいいると思うけど) 

ジミー大西の絵は100万、200万で売られてたけど、実際に「売れてた」のかどうかは知らない。『お金がない、バイトしてた方がマシ』と言ったのなら、人気が持続しなかった、てことなのかもしれない。でもそれが「筆を折る」理由なら、作家たちはまずこう思う。

  所詮、その程度だったんだね

作家になりたくて作家になった人でも、本当に作家になったのかどうかの判断は自分が決めることだ。その行為が一銭にならなくても、自分は作家だ、と言うこともできる。
ゴッホは、生前売れた絵は2枚だけだ。周囲の誰もが彼を「画家」としては見ていなかった。生涯独身で掃除夫として過ごしたヘンリー・ダーガーは、死後、彼の部屋から数百枚のイラストと3万ページにおよぶ小説とテキストが見つかって世間に知られることになった。売れる売れない(売らない)に関わらず、彼らは「作家」だった。売れないから作家辞めると言うなら、その人はもともと作家ではなかったのだ。

書いてて何か頭痛くなってきた…論点おかしくないか? 合ってるか、この書き方? ちょっと自信ないな…"まぁ、言わんとしてることは何となくわかるよ"と思ってもらえればうれしい。

今日はシゴトがあまりにも早く終わってしまったので参った…「時給」で働いてる身としてはね、つらいよ。制作がひっ迫してたならありがたいことだけど。
東松原の「くるくるひろば」まで大型家電(扇風機)等を持ち込むこと2度、逆方向への買い物に1度の計4度、外出したことになる。くたびれた。でも今後、「くるくるへの持ち込み常連」となること必至だなー。先日持ち込んだ大皿はすでになかった。引き取り手がいてほっとした。






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by yukimaru156 | 2017-07-29 01:39 | 我思う | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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