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カテゴリ:我思う( 246 )

ハハがンニクロへ下着を買いに行きたいと言ってて、そのセールが昨日だか今日からだかだったので付き合うことにしたのだけど、朝起きたら『東松原で卵が98円なんだけど…』。そーいや残り1個だったな~、買わない手はないなー、てことでンニクロへ行く前にひとっ走り。醤油もいやに安くて買うことにしたのはいいけど、土曜の午前中のスーパーが結構混んでてびっくりだった。卵、残り10パックくらいだったし。

ともかく買ってきて、それから仕度して上町まで行った。(ここらだと上町が一番近いんかな…あまり行かないからわからん) こちらも結構混んでて、でもセールだセールだと騒いでる割には普段とさして変わらないような…わかんないけどね。ハハが見たかったのは下着だそーで、でも欲しい形のはなかったよーだ。あたしもどーかな~、と思いつつ2枚買い、ハハも妥協して(?)2枚買って、それと麻のシャツを1枚買っておしまい。Tシャツとかキャラモノがいろいろあったんだけど、なーんか「これ欲しいな!」てのがなかった。昔ミッキーの絵(線画)でちょっとイイのがあったけどLかXLしかなかったし。

で、ハハと2人でランチ。上町ってお店がいっぱいあるよーに見えてそんなにないとゆーか、蕎麦屋はあるけどあとは飲み屋? な感じで食事したい店がない。ちょっと歩いてなかったらウチの近くまで戻ろう、と歩いてたらナントカモンスター、略して「××モン」とかいうビストロ? がランチの看板を出してた。「本日のカレー」「本日のパスタ」「本日のプレート」の3種。中には3組ほどいた。とりあえず入ってみることにした。あたしはパスタ、ハハはカレーを注文した。
オーナーとお客さんの会話を聞いてると、どーもこの店は夜のみのビストロだったらしく、「試行錯誤でランチを始め」てまだ日が浅いみたいだった。かかってる曲がちょいとやかましいことを別にすれば(スピーカーの下に座ってしまったせいかもだけど)、カレーもパスタも熱々で(ここ大事)、美味しかった。

ハハが『ごはん少な目、て言うんだった…』とぼやきながら、それでも美味しい、美味しいと言って食べ、あたしはあたしで美味しく食べてたのだけど、ハハが『もう無理…』と降参した皿を見たら、半分近く残ってた。のでそちらも食べた。パスタ(ほうれん草とベーコンのクリームパスタだった)も見た目よりいっぱいで、これだけで充分だったのだけど、目の前のカレーをそのまま残す、という選択肢はなかったのでがんばって食べた。

「完食恐怖症」というのがあるのだそーだ。先日、初めて知った。子供のころ、『残さずちゃんと食べろ』と言われ続けたことで「食べなくては」という思い込みからそれが苦しくなり、残すことに罪悪感がある一方、強迫観念ばかりが強くなって「みんなで食事するのが苦痛」というもの。らしい。そんでそれが成人してからも続いてるのだそーだ。
いまの給食事情ってのがどんなもんか知らないけど、確かにガキんときは『給食は残さず食べろ』と言われたし、家でもそー言われて育った。でもだからってそれが「食べなくては」にはならなかった気がするけど(言われなくても大抵は完食してたし)、考えたらクラスに1人2人は食の細い子がいて、いつまでも食べきれないでグズグズしてた子がいたなぁ。あまり無理強いはされてなかったように思うけど、本人は「無言の圧」をびしばしに感じてたかもな。

だから食べなくていい、てのはちと短絡的で、つまりは「自分がどのくらい食べられるのかちゃんと知っておけ」てことだよな。ガキんときはカラダが欲してる量とか、自分が苦手とするものとかがよくわかってなかったりするけど、まずはそれを「わかるようになる」のが大事なんじゃないのかね。

何かこれについて語りだすとえらく長くなってしまいそーだ。コンビニがやーっと「食品ロスを減らすための戦略」を練り始めたみたいだけど、一時期でも飲食に関わってた身としては、言いたいことが山ほどある。「インスタ映え」のためにメガ盛りとか頼んで食べきれずに残すとか、食材(食品)廃棄をただ「もったいない」という観点で捉えるのは間違いだ。と思う。これは

  作り手に対して失礼

なのだ。調理した人だけではない。野菜作った人、米作った人、流通ライン、製造ライン、その他の大勢の人が関わってくれたことで目の前に出てきた皿なのだ。敬意を失えば品位も失うことになる。わかってるようでいてわかってない人がどんだけいるのか、てことだ。
満腹すぎてもー動けない~、と言いながら帰ってきたらハハが『あなたはこれから働くんだからいいのよ』と言われた。ま、そーなんだけどさ。でもちゃんと夕飯も食べられたわけだから、どってことなかった、てことだよな。









(-"-)


by yukimaru156 | 2019-06-02 02:02 | 我思う | Comments(0)
先日、友人とのメールのやり取りン中で『大量生産、大量消費の時代は終わって、次はどうなるんだろうね』とあった。ふむ。どーなってくのかなー、とつらつら考えながらチラシ整理の続き。

まーカクジツにIOT? だっけ。家電のパソコン化が進むとゆーか、何でもかんでもやってくれるよーになって、まず間違いなく日常生活のキャッシュレス化が進んで、「情弱(情報弱者=あたし)」がてんてこ舞う形になり、そしてこーなる。

  全体のコミュ能力がガタ落ちになる!

と思うんだよね~。何かもーただでさえコミュ障? な人が周囲に増加してる気がしてるのだけど、それが輪をかけて拡がってく気がするのはあたしだけかね。電車内とかでもみーんなすまほいじってて、それでラインとかして「絶えず誰かと繋がってる」状態でいるつもりでいるけど、実は「実際には誰とも繋がってない」とも言える。仮想空間とまではいかなくても、似たような状況とゆーか、世界を相手にしてても「隣人の顔を知らない」「挨拶したことない」「知らない人としゃべったことない」人が増えて、しかもそれを「良し」としてる(気がする)。何かまともに人と話をしてないなー、と思っても、それを「まずい」とは思わない。会話は楽しむもので、そこから汲み取ることのできる(顔色や態度や声音とかの)情報はちっこい画面から提示されるどんな情報より有意義であるはずなのに、「会話は煩わしい」と思うのであれば、それはもーコミュ能力低下の進行をせっせと進めてるよーなもんではないか。

長い文章を綴れない、言葉を省略するだけでも不自由で(面倒で?)、スタンプだけ押してる、というのは「自分の中にある感情を言葉にできなくなってる」わけで、でも共感はして欲しいから「いいね」してもらいたいので写真はあげる。そもそも「いいね」がいっぱいついたらシアワセ、と思うところからしてヘンじゃね? とツッコみたくなるんだけど、かくゆーあたしもこのブログの閲覧数はチェックしてるわけだから人のこととやかくは言えないのか。
いや、でもこのブログは閲覧減っても増えても続けてるけどね。(つか、たまにいきなり増えてびびるんだけど) この「無駄に長い文字だけブログ」は、自分の中の感情整理のためでもあるからいーんだけど、「いいねボタンが欲しい」てのは数ある人間の欲求の中の「承認願望」だよね。認められたい、という。ちっこい画面の向こう側の人に認めてもらうことで満足する、てのは何かそれだけで世界を狭くしてるような気がするなぁ。それより目の前の人(店員サンとか配達人とかでも)に気軽に「ありがとう」とか「お疲れさま」とか言って「認めてあげた方」が世界は美しくなっていくと思うのだけど。

何かまとまりがつかなくなってきてしまった…世の中のいろんなモノが便利になって、頭使わなくてもいいよーになって、シアワセのモデルケースというのがなくなって個別化が進み、個々人の世界は膨張してるように見えて実は縮小してる…のではないかなー、その「果て」てのは何だろなー、と思ったのでした。ホント、何だろね。

ハハは1人で(味噌が安いので東松原まで)買い物へ行く、と言ってたのだけど、あまり具合がよろしくないよーなので「あたしだけちゃっと行ってこよーか?」と言ったら「一緒に行って」となった。味噌とあと少々の買い物、のはずが牛乳とかパスタとかトマト缶とか玉ねぎとか結構な重量になって、チャリで来なかったことを後悔した。ハハと行くとチャリはただの「カート」となるのだけど、それでもないよかマシだったよなー。

夕方からシゴト。いつもより早く終われた。何ごともなくて良かった。昨夜みたいな無茶ブリ(てほどでもないけど)もなかったし。そしてチラシ整理はやっぱり終わらず。てゆーか、とりあえずここまででヨシとするかなー、て感じ。そろそろ何か作らないと作れなくなる気がしてきて怖いよ。










(=_=)
  

by yukimaru156 | 2019-01-28 01:32 | 我思う | Comments(0)
今朝は目覚ましが鳴ったので起きられた。どーして「鳴る日と鳴らない日」があるのかわからん! 先週もその前の金曜も鳴らなかったのだ。(鳴らない日はハハが階下から声をかけてくれるので起きられる)

ともあれ午前中はシゴトして、帰宅したらハハがこの数日、調子が悪いと言ってた携帯が『ついにダメだ!』と言ってきた。
『毎日充電してても電話できなかったりしてヘンだなーと思ってたんだけど、(友人がたちが)自分もそれでダメになってスマホに切り替えた、て言ってたから、これももうダメなのかも…』
あたしのガラケーよりさらに古い機種で、かれこれ5年は使ってるからホントにもうダメなのかもね。
そういうわけだから付き合って、と言われ、ケータイ店へ。買い物は特にないからチャリでなくていい、とゆーので2人で1駅先まで歩いてった。店員サンが見て『バッテリーが劣化してるのかもしれませんね』と言って調べてくれた。スマホにすべきだ、と推されるかと思いきや『バッテリー交換で済むならその方がいいのでは?』 ふむ。まぁ確かにそのーりなのかもな…とハハを見たら、すでに切り替えるつもり満々だったらしいハハはちょっとフクザツな顔してた。

ついでにあれこれ調べてくれた店員サンが戻ってきていきなり『スマホにしましょう、スマホに切り替えた方が安いです』と言いだした。ここへ来る道中、ハハの携帯が月7000円近くかかってると初めて知ってびっくりしたのだけど(あたしは大体3000円前後だ)、いまだったら何だかんだの割引でそれより安くなると言う。そりゃそーだな。
で、結局スマホに替えることになったのだけど、『免許証でも保険証でも、身元がわかるものを』と言われ、ハハが『え』と硬直。こっちこそ『え』だ。持ってきてないんかい! スマホ代の4万ちょいだかを分割ではなく即金で払えばそれはいらない、てことだったから『そうしたら』と言ったのだけど『あなた取ってきてよ』で再び『え』だ。
『20分もあれば取って来れるでしょ?』
『ムスメさんをパシらせますか! はっはっは!』
何てこと言ってくれるんだ、この人は! 今日はチャリじゃないんだぞ! とむっとしたんだけど、『そのくらいで戻られるんでしたら…』と会話が進み始めてしまったので『30分はかかります』と言って店を出た。

走ってやる理由はねーよなーと思いながらスタスタ歩き、戻りは当然チャリで、25分で店に着いた。着くなりハハに『今日、自転車じゃなかったのよね、ごめ~ん!』と謝られた。あたしが出てくまで気づかなかったらしい。
その後、契約内容からデータの写しから何だかんだで結構な時間が経ってた…こんなにメンドなもんなんか。
操作はムスメさんに訊けば…みたいな話になったので『あたしは持ってないんでわかりません』と言ったら今度はあちらが『え』だった。
『でしたらこれを機会に一緒に』とゆーのでにっこり笑って
『その必要がある、と思ったら替えます』と応えたら「こりゃ無理だ」と思ったのかそれ以上何も言ってこなかった。

あれこれ終わったころには陽も傾き始めてて、『お詫びしたい、ケーキをご馳走する』とシンミョーな顔で言うハハに『チャリ置くとこないし、セーユで庭箒買うんでしょ』とそっちへ移動。悪くない箒(とチリ箱のセット)が買え、しかもシクラメンが698円という安さにびっくりしてたらすぐそばに(同様の大きさの鉢が)100円でさらにびっくり。『買う』とゆーのでそれも買い、喫茶店はやめてこーじこーなでケーキ買って帰宅した。夕飯作るのが精いっぱいで(今夜は白菜と辛子醤油に浸けた豚スライスの「ミルフィーユ」)、あとはなーんも
する気になれなかった。

ひところちょっと問題になったせいでスマホ料金もだいぶ安くなったと思うけど、それにしても「月5000円の使用料」て、元が取れてると言えてるのかずいぶん怪しいよなー、と思ってしまった。あたしのガラケの3000円だって元取れてる気はしないし。何かすでに「元を取る云々」の話ではなく、安心代? みたいなもんだよね。そりゃビシバシ使いまくって活用してる人も多いと思うけど、「それを欲さない人」も確実にいるわけだから、そういう人に月々この金額ってどーなんだろな。安心代としても高い気はするな。そんで元を取ろうとしたらどこだろうと誰といようとぴこぴこやるみっともない姿をさらすことになるんだ。そうやって目と耳を劣化させて自覚なく振り回されて、行きつく果てはどこなんだろね。

そーそ、スマホ買ったときに「防護シール」を勧められてそれも買ったんだけど、これが2980円て高くない?! そんなにするもんなの?! あたしのガラケのシール(サービスで付けてくれた)とは別もんなのかね? ちょっとびっくりだったよ。

あ~、何もしてないのにくたびれたー。何だかな~、な1日だった。









( ̄ー ̄)

by yukimaru156 | 2018-12-01 02:11 | 我思う | Comments(0)
普段ドラマとか観ないハハが『観たい』とゆーので録画してる『ぼくとシッポと神楽坂』を、ちょっと観てみた。マンガ原作の、町のちっさな動物病院の話で、何でハハが観たがったのかとゆーと「雪丸の仕事がどんなもんかわかる」からだそーだ。あたしは獣医でも看護師でもない、ただのパートなのでこれで「どんなもん」かわかられても困るのだけど。

原作は結構な巻数が出てて、1、2巻だけ読んだ感じでは、いまのペット事情とか動物病院のこととかよく描かれてるなー、派生して別の動物病院の話も描いてるから「ちゃんとわかってる」人が描いてるんだなー、と思ってたのだけど、ドラマはまた別。なことくらいわかってたので、そのあたりは目ぇつぶって観てたのね。

で、先週の話で「難しいオペをするか否か」という展開から『失敗する可能性が高いから(オペを)しない』『1%でも可能性があるならする』の2択みたいなことになって、飼い主は「少しでも可能性があるならそれに賭けたい」。大きい病院の方は「しない」、ちっさな診療所の方は「する」という立場で結局(飼い主の意向もあって)オペをするのだけど、その成否云々ではなくて、この「2択しかない」という「話の持って行き方」にどーにも納得できないで参った。ウチのセンセたちだったら明らかに「第三の選択」をする。そしてたぶん、その選択がいまの動物医療のやり方ではないかなと思うのだ。

『危険だからオペをしません』と言われたら、飼い主はオペしてくれるところを探す。見つかるまで「家族」を連れ廻すことになる。それがその「家族」にとって負担となるにもかかわらず。
オペをすれば亡くなることもありうる。それでも「賭けたい」気持ちは充分理解できる。その上で『オペはしない、その代わり最期まで心穏やかに、負担かけることなく過ごせる方法を探す』のが、「第三の選択」だ。納得できない飼い主にはとことん説明する。考えなくてはいけないのは「家族の命」だから。看取るのは飼い主の責任だから。カラダに負担かけさせて少ない確率に賭けるのは決していい選択肢ではない。それを堂々と『やります』と宣言させてしまうあたりがちょっとムカつくとゆーか、それを「カッコいい」ように見せてるあたりがハラ立つとゆーか、であった。まー「ドラマ」なんだけどさー。ペット飼ってる人が「診てもらうならこういう医者に」とか思われたらイヤだなぁ。

『オペをすれば大丈夫、と思い込んでる人が多過ぎる』、と以前インチョがぼやいてたことがあった。オペ信仰とでもいうのかね。オペがカラダにかける負担(ドラマでは「麻酔ナシでオペしたんかい?!」と毎度突っ込んでる。麻酔が厄介なのに!)は想像の範囲外みたいだ。「シャンプーはとても体力を使う」から「すごく疲れるもの」であることも知らない人、多いしね。
大体、ドラマとして盛り上げたいせいか、オペやりすぎるよ。いまは薬でもいいのがいっぱい出てるし(大抵は人と同じモノだけど)、2日に一度点滴に通う子もいるし、家人のいない日中に預かって夜には家族の元へ帰す、という子もいる。もう、ほんとに危ない、いつどうなってもおかしくない、みたいな状態になったら、酸素室から出して「最期は家族と過ごせるように」手配する。そういうのは描かないのねぇ。みんな『私は失敗しないので』みたいなのを求めてるから? オペ礼賛ておかしいとか思わんのか?
「いかに看取るか」が大事なのは人も犬猫も一緒なはずだけど、そこは「飛ばしたい」みたいだ。

ちょこっと書くつもりが、だだーっと書いてしまった…。今日は三茶へハハのジーンズ(裾上げしたので)の引き取りに行き、ついでに個展とアート楽市ですっからかんになったOPP数種を買いに行き、ついでに夕飯の買い物をし、帰宅してからは0円マーケットへ不用品を持ってった。そんでシゴト。それよりこれ書くのに労力使った気分だ。










(=_=)

by yukimaru156 | 2018-11-11 02:37 | 我思う | Comments(0)
先日新調したエプロン(どーぶつ病院で使うヤツ)は無地の赤なのだけど、デザイン的には気に入っている。撥水加工されてるし。が! 思わぬことが発覚してしまった。わんこにゃんこの毛がものすごーく付きやすいのだ…長毛の子を保定なんかしたらば、上半身毛だらけになる。もちろん拭けばすぐ落ちるけど、診察が終わったらまず診察台を滅菌水に浸した雑巾で拭き、すぐ「次の子」の診察になるのだ。(会計はスタッフの誰かがやってくれる) 自分もささっと拭きはするけどね、丁寧に拭いてる間はないから、あちこち残っててみっともない…て話をしたらば、カンゴシさんが『病院にあるエプロン、使ってくれていいんですよ』と出してくれた。

そのエプロンはトリマーさん用らしく、軽くて撥水もしていーんだけど、そんでもってポッケのとこに某ペットフードメーカーのロゴが入ってるのも別に気になりはしないのだけど、すっげー肩が凝る…。あたしはどーも「首に紐をかける形のエプロン」が苦手らしくて、首後ろがすぐ痛くなるのだ。そしてそこが気になって肩が凝る…らしい。そういう意味では、前に使ってたチェック柄のナイロンのエプロンが合ってたんだなぁ。
そーそ、首掛け型のもひとつの問題が「後ろがら空き」。その下はTシャツ(真冬でもTシャツ)なんだけど、バックプリントだと絵が丸わかりなので考えなきゃならない。それもまた問題でねぇ。あたし、背中に絵の入ってるTシャツ、結構多いんよ。んーむ…。

なーんてことをハハに話したらば、『今日は自分の箪笥を片付ける』とがさごそしてたハハが『いろいろ出てきたわよ』と言ってエプロンを7、8枚出してきた…未使用のをそんなに持ってたんか! だけど、見るとみんな「番宣エプロン」。つまり父が現役時代(某テレビ局の広報部にいたとき)のモノで、胸にでっかく「ごちそうさま」と入ってる。むかーしやってた、料理番組のタイトルね。(確か高島夫妻がやってたんではないかな) さすがにこれは着れないわ。これはもー古着回収に出しちまう予定。(バザー用の方がいいのかな。誰か着る人いるんかなぁ?)
やっぱり形としては、毛のつきにくいナイロンで、首掛けではなく割烹着の袖なし、みたいなのがいいみたいだ。(先日買ったエプロンはナイロンと綿で綿の割合の方が大きい) たかがエプロン、されどエプロン、だぁねぇ。

昨日読了した本(新書用のブックカバー付き)と、先日作った、カレンダーのレターセット12組(作れる仕様になってるカレンダーだったのだ)、そして、だけではちょっとなー、と思ったので乙一の『GOTH』をレターパックに入れて、お見舞いの手紙を書いて姪のHRに出した。(レターパックライトを買ったとき『ポストに直接入れるタイプです』と毎度言われるんだけど、それ言うなら普通郵便だってポストに入れるじゃんね? 今日こそ突っ込もう、と思ってたのに忘れてしまった…。

突っ込みたいと言えば、ハハの好きなカルシウム煎餅。パッケージに堂々と「魚の美味しさをシャットアウト」てあるんよ。いやいや、シャットアウトしちゃダメでしょう、そこは。遮断(除外?)されちゃうじゃんね。「旨味を凝縮」てなこと言いたいんだろなとわかるけど、敢えて突っ込んでやりたい。つか、誰も突っ込まないのかなー、不思議だなー。
パッケージに突っ込みたいのはもーひとつある。事務用シールね。どのメーカーか忘れたけど、値札に使ってるシールで、「水不要のシールです」て書いてあんのよ。「水が必要だったシール」の存在を知ってる人っていまどんだけいるの? あたしだってうろ覚えなのに。(切手とまた違うのよ、そのシールは) きっとずーっと昔から変わらない表示なんだろね、どちらも。そしてメーカーさんもそのデザインでイイと思ってるからいまさら読んだりチェックしたりしないんだ。(たぶん) 突っ込む相手がわかんないけど、突っ込んでやりたいモノの話でした。










( ̄▽ ̄)

by yukimaru156 | 2018-11-08 02:09 | 我思う | Comments(0)
ふぅぃ~、ねむねむぅ~。でもだいぶできた(気がする)し、何とかなりそう…かなぁ。まだ油断できないけどさ。
今日はホントに部屋に引きこもってた。個展前からこの「いちんち引きこもり」が多くて、つまりは「ちぎりまくり」で(ちぎってるだけでなくてその前段階もあれこれあるけど)、何つーか「ジュージツしてたな」と思う。結果はどうあれ、だけどさ。傍目には暗そーだしつまんなそーだろーけど、本人は楽しい。これも「出店(展)する機会あってこそ」なわけで、そーでなかったらちぎってはいないんだろーなー。

昨日の「ばんざいマグネット」も含めて、しくった、こーではなかった! みたいなのもいくつかあったんだけど、3種のちぎり文字カードもできて、ガラスボトルやペーパーウェイトへのちぎり貼りも無事完成。あとはガラス豆本アクセを2つ3つとくらいでOKかな~。まとめてみないとわかんないけど。にしても、完売してないはずのガラスの箸置きがどこにもない…どこいったんだ? まーなくても困らないけどさー。(困るのは欲しいと思って来た人だけだ)

何作ってたかとかそれがどーしたとか、そゆことごにょごにょ書いてもしょーがないので、昨日チャリ置き場で思ったことなど。
最初の3時間無料のチャリ置き場は、前輪を固定する形の、まぁどこにでもある駐輪場なんだけど、自分のチャリの数台向うで、ジョシ高校生が自分のチャリを出せず半ば自棄になってたのね。見たら両サイドに大型の、前後にガキんちょ乗せられるママチャリでさ。ハンドルとかカゴとかチャイルドシートとかに阻まれて、彼女のチャリがどうしたって出せないのよ。なので手伝ってあげたんだけど(つい先日も小学生ダンシのこれを手伝った。彼の方が大きくはっきりお礼が言えてた)、あのチャリって何つーか暴力的だよね。そりゃガキんちょ乗せるためには頑丈である必要があるけど、チャリ置き場での威圧感ハンパない。ここに停めるな、たー言わないけど、少なくともレーンを別にするとか、隣との距離を開けるとか(いまさら無理だけど)しないとダメでしょ。

も1つの、1日100円(回数券買うと1000円で12枚綴りなのであたしはこちらを使ってる)の駐輪場では専用のレーンを設けてて、大型はそこにひしめき合ってる。(あれはあれで出しにくそうだけど、人のこと言えないチャリに乗ってるんだから諦めもつくか) そのレーンだけ前輪固定の装置のない、平坦な場所なので、ここのように常駐の人がいないところでは無理かもねぇ。にしてもここ数年でいきなり増えた気がするね、あの大型ガキんちょ乗せチャリ。あれ、電動だったりもするんかな。

チャリの話書いてて思い出したけど、夏になるといきなり増殖する、紫外線カットのサンバイザー(と呼ぶのは妥当ではない気がするな。あれは何と呼ぶのだ?)を装着した方々。彼女たちのことを「カナブン」と呼ぶのだそーだ。この夏に初めて知った。『黒くて傍若無人に結構なスピード出して飛ぶ(走る)から』だそーだけど、運転手が怖いと思うのは、その運転ではなく、まさにあの黒い仮面であるらしい。その理由が
『アイコンタクトができないから』
こっちの車に気づいているのか、そこを曲がるつもりなのか、どっちへ行こうとしているのか等々、通常ならチャリの人の顔を見て暗黙の了解できることが『まるでわからない』。(それでいてぶつかったら車の方が悪い、となる立場にある) この記事読んだときは「そっかー、だよな~」と運転手に同情した。

でさ、思ったわけよ。いまは紫外線カットのクリアなサングラス(あたしも1つ持ってるんだけど、ただの伊達眼鏡にしか見えない)、てのがあるんだから、当然このサンバイザーでも作れるはずだよね? 見かけたことないけど。つか、もし見かけたとしたら「ぷ」とか笑ってしまいそーだな、いろんな意味で。
あたしもゴジューを過ぎたんで、シミシワいっぱいだし、特に手入れしてないどころか化粧もしてないので見た目よろしくないことは承知してるんだけど、それでもカナブンしたいたー思わないなぁ。美白を美徳と思ったことないしさー。でもそー言えばあたしの周囲にカナブンしてる人っていないなー。きっと「してる人の周囲はみんなしてる」口なんだろな。

さて、もーちょいやって、今日はちょっと早く寝よう。そんで明日は「震災支援くじ」だ。2日分、足りるかなぁー、足りないだろなー。









(゜-゜)

by yukimaru156 | 2018-10-18 01:36 | 我思う | Comments(0)
昨日の搬出荷物をほどくことなくほったらかして(豆本の搬出入に慣れてしまうと、通常の出店がいかにしんどいことかと思う。つか、もー戻れない! とすら思うな)、今朝から文字ちぎり。DMのね。「やれるかどーかやってみないとわからない」からやってるんだけど、20文字ほどちぎって、まだちと微妙。いける気もするし、無理(無茶)な気もするし。爪の状態があまりよろしくなくて、てのもあるけど、ちぎらずに、この絵に合うと思われるフォントを入れてもらった方がいいんじゃないかなー、とか。

今回の豆本展の展示で、数ある豆本の中、どうやら自分だけが「書き文字」で豆本作ってたみたいで、部数が伸び悩むのはそのあたりにも原因があるんではなかろーか…てなことを昨日、IZさんにちらりと言ったのね。『それはない!』と即否定されてしまった。
『雪丸は字がキレイになんだからこれでいいんだよ、私みたいにキレイに書けない人は印刷するしかないけど』
『でもさ、印刷だとどんなに小さくても読めるけど、書き文字だとそうはいかないじゃん? あまり小さいと読みづらいし。それに何てゆーか、書き文字の本て印刷された本よりワンランク下に見える気がするんだよねぇ』
『だからそれはないって!』
ないかなぁ…何か字がキレイとか汚いということではなくて(あたしの字がどっちかは別として)、まるで市販されてるかのような美しい仕上がりの豆本の数々を目にしてると、自分の本がとてもちゃちく、拙く見えるんよ。これじゃ売れないなー、とかさ。

かといって、じゃああたしの豆本の文字も印字すればいいか、とゆーと、「手作り豆本」という範疇から外れてく気もしなくはなくて、それに「ちぎり絵+書き文字」は、これはこれで合ってるようにも思うから、この手法を変えるつもりはいまのところないんだけどね。
つまるところ『この絵でこの文字でこの本だからいいのだ』と思ってくれる人に出会えるのを待つしかないのだろーな。(待つだけじゃなくてこーしていろんな豆本展に顔を出してくことが大事なわけだけど)

今回、書き文字ではないけど「全頁、消しゴムはんこで作りました」という、豆本があったのね。確か夢野久作とか中原中也とかの短編や詩を作ってたと思うけど。あ、新見南吉もいたかな。それとは別に木版とかの人もいて、彼女たちの字は「自分の字を彫ったもの」じゃん? つまりそれだけでその人自身の味があるわけで、目指すならこっちだとも思う。

  てことは「ちぎり文字で豆本」か?

まぁ、これまでもちぎり文字を入れてるわけだから、正確には「文章もちぎるか?」てことだけど。まぁ、何とハードル高そうな…縮小すればいいのか。何かちぎり絵豆本とか「全部「実物大」です」と断ってても、そこを気にしてくれる人ってあんまりいない気がするしねぇ。余裕があったら一度挑戦する価値は…あるのかないのかわからんな。まぁ、確実に「味」はあるだろーけどさ。

なーんてことをかつらつら考えながら1.5cm角くらいの文字をひたすらちぎってたんだけど、日中、ちょっと買い物に出た。スーパーで牛乳とすいかの1/8サイズを買った。初物だわ。暑かったけど、水害被災地のこと考えると何とも気楽で申し訳ないよな気がする。この夏は(昨年まで何度か出展してる)岡山の豆本展には出ないのだけど、あちらは大丈夫なのかな…大丈夫、てことはないか。開催(8月)まで流れたりしたら、作家さんたちも可哀想だな。

夕方からシゴト行ったら、1人お休みでバタバタしてて、明日は2人お休みと知ってさらバタバタになるんか! とちょっとびびった。今日の帰宅は10時半過ぎだったけど、明日は11時廻るかもなー。
それよりどーすんだ、DMのちぎり文字は!








( ̄▽ ̄;)

by yukimaru156 | 2018-07-10 01:49 | 我思う | Comments(0)
昨日、ちらりと「モチベーションが上がらない」みたいなこと書いた(よーに思う)けど、そもそもモチベーションてどんな感じだっけ。「やる気」てことだっけ。と、調べてみたら「行動を起こすときの動機付け、起因」とあった。で、「テンション」は、調べたらどーも英語と日本語では使い方が違うとゆーか、意味が誤用されてるようなのだけど、正しくは「緊張や不安」らしい。(だから「テンション高い」も変わってくるわけだな) 

ま、ともあれそゆことなのだけど、モチベが上がらなくても作ることに支障はあまりなかったりする。とはいえ、やっぱり「○○展に出る」とか、「注文が入った」とか、そういうのがあればテンション…もといモチベーションは上がる、とゆーかきっちり(?)するわけだけど。
モチベが上がらなくても「作ろう」とさえ思えばいつでも作れるというのは、ある意味シアワセなことなのではと思う反面、これはただの趣味なのではないか? と作りながら思ってしまった。

昔、いろんなとこへカート引き摺って出店してたとき、お客さんに『いい趣味があっていいわね』と言われることに内心「趣味じゃねーし! 趣味だったらこんなとこまで来やしねーよ!」とかちょいキレしたりしてたもんだけど、いま言われたら何て思うのかな。笑って軽く聞き流すのは同じにしても、ココロでキレることもなく、「趣味かなー、これ。傍から見たら趣味意外のナニモノでもないだろな」とか思うのかもしれないな。もっとも、最近はとんとそー言われたことないのだけど。屋外が減ったからか。

朝から薄らさみぃーし、午後からは降ってきたしで、ずーっと部屋に引きこもって、文庫ノートだとか、くるみボタンだとかを作ってた。ノートはねぇ…イイ感じに出来たと思うのだけど、実際に使って(持ち歩いて)試してみた方がいいのかもしれない。絵が剥がれたりしないかとか、デコパージュの糊(コーティング)が他のモノ(鞄の中の財布とかハンカチとか)にイタズラしないかとか、なるならしばらく持ち歩いてみたい。みたいんだけど、ここんとことんと「オデカケ」とゆーものをしないのと、そもそもあたしはアイディアノートの類を持ち歩かないので(持ってるんだけど机に置きっぱで、ホントにたまに書くだけ)、試しようがないかなぁ。
いっそのこと、「試作品 不具合が生じたらご連絡ください」てことで思い切り安くしてみようか。でもこのノート、もう出てこないかもしれないしなー、悩ましー。

くるみボタンは、ボタンとしての需要はないようなのでブローチとか作ったりしてたけど、今回はさらに無難なヘアゴムを作ってみることにした。前にも作ってたけどね。ボタン2つ使って、カラーゴムでブレス代わりにもなるよな感じで。

これはまだ途中で、夕飯にブタとじゃがいものトマトスープを作るつもりでいたら、常備缶であるはずのトマト缶がなかった…ハハと『どーしよーか』『雨だし買い物もヤだし』ってことで、いつからあるのか知らないけどあった、デミグラソース缶でビーフシチュー…ではなくポークシチューを作ってみた。こういう缶詰からシチューを作ったことなかったのだけど、やっぱ市販のって甘いね。肉は最初にちょっと赤ワインで煮込んだので柔らかく美味になったけども。

夕飯後も続きをやって、結局、部屋と台所とトイレ以外にどこにも行かなかった。いまちょっと友人からのメール待ち状態でもあるのだけど、なくても「ちっ、ないのかー」と思うだけでモチベもテンションもあまり変わらない。こういうのってどーなんだろね。悪いことではないだろーけど、良くも悪くもマイペース、てだけなのかもな。







(゜-゜)

by yukimaru156 | 2018-01-18 00:48 | 我思う | Comments(0)
んんー、ちょっとこの件について触れるのはどーなんだろって気もするんだけど、自分の中でもあっとしてるのもなー、なので書くことにした。

つい先日、ジミー大西が「筆を折った(絵を描くのをやめた)」ことを知った。あたしが知ってるのはスペインに行って、そっちで絵を描いてる、てとこまでなので(10年以上前?)、以降、どこで何をしてたのかは知らない。
一時は「お笑い芸人がなかなかいい絵を描く」てことで話題にもなって(彼の芸風はともかく、犬以上の嗅覚の鋭さにはマジでびびったもんだ。確かどこかの県警の警察犬と勝負して勝ったんだぜぃ)、個展観に行ったりもした。ナマで観る彼の絵は、大胆な色使いとひしめき合う動物たちで楽しませてくれた。盛況だったから成功、でいいんだろうと思う。

で、その彼が芸人辞めて芸術家となったわけだけど、当初どこかの外国で肌が合わずにしばしスランプに陥ったあとスペインに行き、そこで精力的に描き始めた…あと、どーしてたのか知らない。そしたら「筆を折った」というネット記事が載ってて、その理由ってのが

  作品の値段は時給換算すると350円で、焼き鳥屋のバイト料より少ない
  自分の絵はそんなもんなのかと思った

という…ここに反応してしまったわけだな、あたしは。まぁネット記事なんでそれがホントかどーかはわかんないんだけど、いわゆるゲージツカたちの陥る「スランプ」とか「インスピレーションがわかない」とか「気力がない」とかいった類の話ではないあたりが気になったのだ。(記事によると「お金がない」てことになってる。だから「バイトしてた方がマシ」みたいな?)

売れてても売れてなくても「作家」という括りで語らせてもらうと、誰しも一度は自分の作品を「時給換算」してみたことがあるんではないかと思う。1つの作品に5000円の値段をつけて(いくらつけるのかは自分次第として)、人はそれ見て「え、これで5000円?」と懐疑的な目を向けられても、ココロでは「手間暇時間かかってんだよ、時給にしたら200円もしないんだよ、レジ打ってた方がよっぽど金になるんだよ」と突っ込んでるわけだ。(もしかしたらあたしだけかもだけどさ) じゃあなぜレジ打たずに作ってるのかってのは人それぞれだけど、「作りたいもの」「作らざるをえない衝動」があるのは確かで、最低賃金を獲得するためじゃあない。「制作に見合う収入」が欲しいのはみんな同じだし(仙人以外は)、それを生活の糧とできるなら万歳だ。でもそれが出来ない人は山ほどいる。知り合った作家仲間の中で、続けられなくなった、辞めてしまった、て人はいーっぱいいる。(と思う。実際には消息を知らないだけでどこかでちゃんと続けてる人もいっぱいいると思うけど) 

ジミー大西の絵は100万、200万で売られてたけど、実際に「売れてた」のかどうかは知らない。『お金がない、バイトしてた方がマシ』と言ったのなら、人気が持続しなかった、てことなのかもしれない。でもそれが「筆を折る」理由なら、作家たちはまずこう思う。

  所詮、その程度だったんだね

作家になりたくて作家になった人でも、本当に作家になったのかどうかの判断は自分が決めることだ。その行為が一銭にならなくても、自分は作家だ、と言うこともできる。
ゴッホは、生前売れた絵は2枚だけだ。周囲の誰もが彼を「画家」としては見ていなかった。生涯独身で掃除夫として過ごしたヘンリー・ダーガーは、死後、彼の部屋から数百枚のイラストと3万ページにおよぶ小説とテキストが見つかって世間に知られることになった。売れる売れない(売らない)に関わらず、彼らは「作家」だった。売れないから作家辞めると言うなら、その人はもともと作家ではなかったのだ。

書いてて何か頭痛くなってきた…論点おかしくないか? 合ってるか、この書き方? ちょっと自信ないな…"まぁ、言わんとしてることは何となくわかるよ"と思ってもらえればうれしい。

今日はシゴトがあまりにも早く終わってしまったので参った…「時給」で働いてる身としてはね、つらいよ。制作がひっ迫してたならありがたいことだけど。
東松原の「くるくるひろば」まで大型家電(扇風機)等を持ち込むこと2度、逆方向への買い物に1度の計4度、外出したことになる。くたびれた。でも今後、「くるくるへの持ち込み常連」となること必至だなー。先日持ち込んだ大皿はすでになかった。引き取り手がいてほっとした。






(゜-゜)

by yukimaru156 | 2017-07-29 01:39 | 我思う | Comments(0)
昨日、夜に携帯から送ったブログが、今朝になって「送信できませんでした」になってたのは何でだろう? と思いつつ、ウチに帰宅してPC開けたらナゾが解けた。この「駅風呂」のメンテの日でした。すーっかり忘れてたわ。

携帯から送ると、画像が中央になって文章が下になってしまうのだけど、メンドいので直してません。編集し直すつもりでいたんだけどね。何つーか、いまとてもとてもブルーで滅入ってるので。
そなわけで、これから先に書くことは読んでてもキモチいいもんじゃないし、雪丸の個人的知り合いだったら、不快に思うよなことも書いてしまうかもしれないです。そこんとこ、ご了承の上、閉じるかさらっと受け流すかしてください。

「田舎」というものを持たない父が、「海の見えるところ」として選び、買った千葉房総の別荘は、築30年ばかり。周囲に家はなく(前後左右の土地も別荘地として売られてたけど、建てたのはウチだけ)、「悲鳴をあげても誰の耳にも届かない」ところであります。それより何よりの問題は、海風にやられてすぐシャッターや何やが傷むことと、鍵などの腐蝕も早いこと、そして天候が良すぎるせいで(なのでここらは出荷用のお花の産地でもある)、雑草の繁殖力が激しいこと。行く度に家族総出で手強い雑草の相手をしないと水平線が見えなくなるんですよ。(建てた当初は電線が裏の竹林のせいですぐ切れてしまうので大変だった。夜中に到着したのに電気が点かない! とか) 

それでも気候は穏やかだし(たまに台風直撃とかで大変なことになってたりするけど)、海はキレイだし、野菜の収穫もできるし(加えて近隣の方からよくいただく)、不便さはあるものの、父だけでなく家族がこの家を愛してた。それぞれの友人もよく遊びに来て、バーベQしたり、浜辺で花火したり、釣りに行ったり。あたしは年に一度、車で30分ばかりの「潮風王国」のフリマに出店してた。
やがて友人たちが家族を連れて来るようになり、甥や姪が来るようになって、あたしの夢は「将来の旦那となる人とここへ2人で来ること」になった。ここでいろんなものを共有して、語らって、なるなら「家族」で来たかった。作品の出来とか売れた売れないとか、そゆことはどうでもよくて、むしろその世界から離れることも厭わないと思える、新しい家族と過ごしてみたかったのだ。それに、人の幸福を微笑ましく見てるしかないことが苦痛でもあって。

あたしが免許を持っていれば、もっと頻繁に父たちを連れて来られただろうし、マトモに働いて稼いでいれば、ここの維持費を出すことも出来ただろうと思う。オトートたちの利用頻度は各段に下がり、年に1、2度訪れるだけの家を維持していく必要はあるのか、これからもかさむであろう費用を誰が出すのか、と問われれば、何と応えることもできない。それが悔しい。悔しくて悔しくて、あの家の中にあるモノを「まとめて壊す、業者に持って行ってもらう」と言うハハや1号の言い分に腹が立って、泣けた。大事なものもたくさんあるけど、それ以上に「いらないもの」も山とあるのは、1号や他の誰かが持ち込んだものだ。「捨てる、壊す」ことが何よりキライで嫌悪感を催すあたしとしては「だったら買うな! 持ち込むな!」だ。(また1号の買い物センスって家族の中でダントツに悪いのだ) 

父の遺したものを整理するのは(捨てるのではなく手放すのも)やぶさかではないのだけど、その他の人のモノは許せない。処分したいなら自分で、あたしの見えないとこでやって欲しい。
今日の午前中、帰り際に不動産屋に寄って、鍵を預けてきた。「1号に譲る」という話は聞いてたけど、「(1号がいらないなら)処分する」とは聞いてなかったのに、この素早さ。1号もすっかりその気で、余計ハラが立った。

いま、この家の処分についても(家そのものより家の中のもの)、いかに捨てずに手放すか、で滅入ってるところなのに、悔しさとか腹立たしさとか「捨てる」ことに対する嫌悪感とか、それに加えて切ない感傷とかで頭はぐちゃぐちゃだ。
あたしにもっと「力」があったらよかったのに。







( ̄ー ̄)

by yukimaru156 | 2017-07-19 01:26 | 我思う | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


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