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カテゴリ:我思う( 249 )

シゴトから帰宅する8時過ぎ(今日も早かった。バイトさんが入ったおかげだけど)、満月がキレイだった。今日は十五夜なんだよねぇ。雲も厚かったので「すっごいキレイ」に見えたわけでもないのだけど。

話変わって。
実は(キライだからヤなんだけど)「スマホデビューするべきなのか」てことでここ数日迷い悩んでる。誰に言われたとか必要性に駆られたとかではなくて、問題はここ。

  どうやらあたしのガラケーはもうすぐNGになるらしい

てことなのだ。まぁ、いずれはどのガラケーでもダメになりそな気配はしてるのだけど、購入時期とかを照らし合わせてみるとあたしのはホントにそろそろらしくて、おまけに「二つ折りは故障しても直せない可能性アリ」なんて書かれてるのだ。まぁ、そもそもすぐ持ち忘れるし、扱い雑なわけでもないから故障するこたーない気がするんだけどさ。

某電話会社からはさんざんチラシだの広告だの警告(?)だのがやってきては、いま替えたらどーしたこーしたと煽ってきて、そのたびに考えるのよ、一応。料金もね、ずいぶん安くなってきてるんだなー、とは思うのだけど、「何で欲しいと思わないモノを買わなくてはならんのだ?」と思ってしまうという…。で、その理由ってのを考えてみた。

   *必要性を感じない(何たってガラケーとゆーものを手にしてからまだ4年だ)
   *スマホ操作してる人の指先その他が美しいと思えない(つか、不快にすら感じる)
   *振り回されそうなのがムカつく(アプリとかポイントとかラインとか)

いっそのことガラケーもスマホも持たない、という選択肢もあるので、そこんとこも考えて「問題ないかもなー」と思ったりもするんだけど、緊急時、災害時、ハハとの連絡、の3点については「必要かも」とぐらぐらする。近所のどーぶつ病院に勤め始めてからはホントに行動範囲が狭くなったなーと痛感してるのだけど(だから余計、必要性を感じない)、それとこれとは別かなー、とかね。
ネットであれこれ検索かけて調べてるとさらに混乱してきて、もーホントに「持つ(つか持たされる)のがイヤ」な気分になってしまうのだけど、将来(?)のこと考えたら「持つべきもの」なのかなぁ。

今日は結構涼しいね。過ごしやすくて快適で、いまはコオロギが盛んに鳴いてて「あー秋だなー」て気がする。これでまた暑さがぶり返してくるようだったらきついと思うけど。
午後イチで散髪に出かけた。ちょっと待たされてしまったけど、さっぱりできて良かった。いい靴も買えたことだし、あとはこの「ガラケ→スマホ」問題と、歯医者、だな…どっちもイヤなもんだからつい先延ばしにしちまってるけど、どっちも近いうちにきっちり向き合わなくてはならんな。はーやだやだ。








(>_<)

by yukimaru156 | 2019-09-14 01:03 | 我思う | Comments(0)
たまに「その発想はどこから来るの?」と訊かれる。(実は昨夜、かれこれ2、3年は会ってないんじゃないかと思うお客さんから『吉美で観たわよー』という電話をもらったときにも言われた) あたしの場合は「絵」ではなく、文章とか豆本の内容だったりすることの方が多いのだけど、この質問をされるたびに自分でも「どこだろう…」と思うのでうまく答えられた試しがない。大抵『えーと…そのへんから?』とか、『何か、突然ふわっと?』みたいな、最後に「?」マークがつくような、答えになってない答えになってしまうのだけど、昨日、思ったのだ。

これって、あたし以外でも言われてる作家さんはいーっぱいいると思うのだけど、みんなは何て応えてるんだろう?

って。まぁ、具体的な何かからインスピレーションをもらった、と言うなら答えられる気もするんだけどね。あたしの場合はホント、『どこからなんでしょうかねぇ』て感じなのだ。(でもこの問いに「○○から」と言える人はいるんだろか…) 昨日言われたのは去年の個展で出した「キライとヒテイ」を指してた。

  キライとヒテイはちがう。ユルスとアイスルはにている。セイギにはレイギもひつよう。

てやつ。
『そうなのよ、嫌うことと否定することは違うはずなのに、みんな一緒にしてしまうの。嫌っても否定してはいけないのにね、すぐやってしまうのよね、て反省したわ』
としばし熱弁されてた。そんな風に、あたしの投げかけた言葉をしっかり受け止めてくれたことにびっくりすると同時に嬉しかった。
『雪丸のそのブレない創作姿勢に、自分と他者へのポジティブさを感じたよ』
とは、いただいた作家さんからのメール。「自分と他者へのポジティブさ」かぁ~。なるどなー、上手いこと言うなー。あんまり考えたことなかったんだけど、メッセージカードとか豆本とかでも「自分に言ってる=人にも言ってる」んだよな、そー言えば。そこは昔からブレてないかもしれない。カードで売れ筋1番の「キレる前にキリかえる」でも、今回の展示で人気だったらしい「明日はあるが今日もまだある」も、キホン、自分に言ってるんだ。で、人に「だよね?」と言ってる…つもり。だからそこを肯定されると嬉しいんだろーなー。
今回出品作品の中に3点ほど出してもらえなかったのがあるのだけど(単にスペースの問題だったらしいけど)、「楽して生きるのと 楽しく生きるのはちがうんだって」がなかったのはすごーく残念。「おかしでおかしく」を出すならこっちを出してほしかったなー。

推薦されて出品して良かったと思ってるけど、実は不満もちょいちょいあって、友人に「いまさらな愚痴」と書いてメールしてたらこんな時間になってしまった…パンフの紹介が「いや、それ違うし!」なのもだけど、入ってすぐの作家名が「ちぎりやさゆき」だったのはちょっとショックだったな。ちぎり「屋」なんだよ、あたし。「屋号」とゆーものに憧れてたから。個展でも名刺でも山のよーにやり取りしたメールでも「ちぎり屋」と名乗ってるのに平仮名表記だったのは何でかなぁ。まあホント、いまさらなんだけどね。

朝、吉美から作品がきっちり梱包されて戻ってきたので、お礼電話入れて、それからせっせと片付けた。(ので、部屋の掃除はまたまたあとまーし、になってしまった…) で、ハハと0円マーケットに不要なでかいお盆(なぜかいっぱいある。父は人を招くのが好きだったからだな)と男物の傘数本を持参した。傘はすごく喜ばれた。ここんとこ雨続きだしね。まだまだ使えるモノだからどこかで活きてくれればウチとしても嬉しい。
夕飯はポトフ。何たって楽ちんだし、7月だってのに何となく薄ら寒いしね。今年は冷夏なんだそーだ。酷暑もヤだけど、冷夏ってのもらしくなくてココロ弾まない気がするなぁ。








(゜-゜)

by yukimaru156 | 2019-07-11 02:15 | 我思う | Comments(0)
何てこたーない1日を過ごしてしまったので、レジ袋有料化についてちょっと思ったことでも書きましょかね。
有料化反対ー、てことはもちろんないんだけど、どうもみんな「レジ袋」だけに固執して? 騒いでる気がするんだよねぇ。レジ袋だけが悪者みたいな感じでさ。いやいやレジ袋が悪モンなら、あれもこれも悪モンじゃん、てのがいーっぱいあるっしょ。でも議論がそこまで行ってない。のは何でかなあ~と。

ストローは「それでないと飲食ができない障害を持つ人がいる」という記事をちょっと前に読んだんだけど、でも明らかにいらないよなー、と思うことが多いのも事実。飲み屋でノンアル頼むと十中八九、グラスにはストローがついてくる。いらないよね、これ。グラスが汚いってんなら、アルコール飲む人には何でじかに口つけてさせてるのさ。これは単に「これはノンアルですよー」アピールのためだけでしょ。パックジュースには必要かもだけど、何か違う方法がある気がする。紙の端を立てたらストローになる、みたいな。そもそも缶ジュースに直接口つけてる人が衛生気にするのも妙だし。

で、レジ袋。コンビニ以外でも使用してるところは多くて(ウチの病院もお薬はみんなレジ袋だ)、不要ですと断る方もいるけど、2円3円なら払ってもらってく人もいるんじゃないかと思う。コンビニならなおさらだ。なので、てわけでもないけど、レジ袋だけ有料化してもあまり根本的な解決にはならない気がする。やるならもっと徹底的にしないとダメなんじないのかね。
駄菓子が入ってるのはみんなビニール袋だし、個別過剰包装多過ぎだし、菓子が型崩れしないために入れてる仕切りもプラスチック。そもそも「市販品」でプラ使ってないモノを探す方が難しいくらいじゃないかと思う。容器にしても何にしても、そういうのは全部、かつては「紙」だったもの。あたしがガキんちょのころ、スーパーで買い物したらもらえるのはでかい紙袋だった。森林伐採がどーしたこーしたと言うなら、紙でもビニールでもプラでもない「何か」を見つけなくちゃならない。某コンビニはその代替え品を模索してるらしいけど、それを全国規模でやって、そして消費者は「不便さを受け入れる」覚悟が必要だ。

魚のハラん中にあるMP(5ミリ以下のプラスチック)の含有量は相当なもんだそーで(確か大西洋より太平洋の魚の方が多い)、それが人のハラん中に入ると、いつまでも消えずに残る。て記事をつい先日読んだばかりなんだけど、何つーかもーいろいろといまさらなんではないかとゆー気がしてくる。だからってエコバック持たないとか(でも2枚出されたら1枚はもらう。ゴミ出しのときに必要なので)、ゴミ分別しないとか、そゆことはしないけどね。でもする人はいるだろーなー。そこまで意識してなくても、ペットボトルのラベル剥がさないとか(て人、すげー多いよなー。あとキャップつけたままとか! ゴミ出しの日に見かけるたびにイラッとするんだけど!)、分別してないとか、個々人の意識レベルがばらばらすぎる。まずはそこんとこからだと思うけど、小学校で教えてたって家帰ったら親がやってなかったらどーなんだ? それでもやるかやらないかは、もう「個人の選択」になってしまうよねぇ。

そーそ、食品を並べてるトレイ、あれって回収は「白以外NG」になってるけど、だったら何で柄付き、色付きを作るかね。これは単に食品の「見栄え」の問題なんでしょ? 一律白、てすれば回収のときの手間もないし、家庭ごみも減るはず。でも「全部白に」て話は聞かない。見栄えが悪いから売れない、てのは生産者の勝手な思い込みで、欲しい人は何色のトレイでも買うでしょう。試しに一度「今日から一斉に白トレイのみで!」てやってみればいーんだ。買わない人に買わせたいと思うから余計な手間かけてその分料金が上乗せされてって、気づくとがんじがらめってるんだ。もっとシンプルにできるはずなのに。と思うんだけど、どーっすかね。

何かいろいろ想うことあるんだけど、やっぱりうまくまとめられないや。
そろそろ豆本新作に着手しないとだな。今年の戸越神社での豆本市は7月末です。告知は改めてー。








(^^;)

by yukimaru156 | 2019-07-02 01:10 | 我思う | Comments(0)
ハハがンニクロへ下着を買いに行きたいと言ってて、そのセールが昨日だか今日からだかだったので付き合うことにしたのだけど、朝起きたら『東松原で卵が98円なんだけど…』。そーいや残り1個だったな~、買わない手はないなー、てことでンニクロへ行く前にひとっ走り。醤油もいやに安くて買うことにしたのはいいけど、土曜の午前中のスーパーが結構混んでてびっくりだった。卵、残り10パックくらいだったし。

ともかく買ってきて、それから仕度して上町まで行った。(ここらだと上町が一番近いんかな…あまり行かないからわからん) こちらも結構混んでて、でもセールだセールだと騒いでる割には普段とさして変わらないような…わかんないけどね。ハハが見たかったのは下着だそーで、でも欲しい形のはなかったよーだ。あたしもどーかな~、と思いつつ2枚買い、ハハも妥協して(?)2枚買って、それと麻のシャツを1枚買っておしまい。Tシャツとかキャラモノがいろいろあったんだけど、なーんか「これ欲しいな!」てのがなかった。昔ミッキーの絵(線画)でちょっとイイのがあったけどLかXLしかなかったし。

で、ハハと2人でランチ。上町ってお店がいっぱいあるよーに見えてそんなにないとゆーか、蕎麦屋はあるけどあとは飲み屋? な感じで食事したい店がない。ちょっと歩いてなかったらウチの近くまで戻ろう、と歩いてたらナントカモンスター、略して「××モン」とかいうビストロ? がランチの看板を出してた。「本日のカレー」「本日のパスタ」「本日のプレート」の3種。中には3組ほどいた。とりあえず入ってみることにした。あたしはパスタ、ハハはカレーを注文した。
オーナーとお客さんの会話を聞いてると、どーもこの店は夜のみのビストロだったらしく、「試行錯誤でランチを始め」てまだ日が浅いみたいだった。かかってる曲がちょいとやかましいことを別にすれば(スピーカーの下に座ってしまったせいかもだけど)、カレーもパスタも熱々で(ここ大事)、美味しかった。

ハハが『ごはん少な目、て言うんだった…』とぼやきながら、それでも美味しい、美味しいと言って食べ、あたしはあたしで美味しく食べてたのだけど、ハハが『もう無理…』と降参した皿を見たら、半分近く残ってた。のでそちらも食べた。パスタ(ほうれん草とベーコンのクリームパスタだった)も見た目よりいっぱいで、これだけで充分だったのだけど、目の前のカレーをそのまま残す、という選択肢はなかったのでがんばって食べた。

「完食恐怖症」というのがあるのだそーだ。先日、初めて知った。子供のころ、『残さずちゃんと食べろ』と言われ続けたことで「食べなくては」という思い込みからそれが苦しくなり、残すことに罪悪感がある一方、強迫観念ばかりが強くなって「みんなで食事するのが苦痛」というもの。らしい。そんでそれが成人してからも続いてるのだそーだ。
いまの給食事情ってのがどんなもんか知らないけど、確かにガキんときは『給食は残さず食べろ』と言われたし、家でもそー言われて育った。でもだからってそれが「食べなくては」にはならなかった気がするけど(言われなくても大抵は完食してたし)、考えたらクラスに1人2人は食の細い子がいて、いつまでも食べきれないでグズグズしてた子がいたなぁ。あまり無理強いはされてなかったように思うけど、本人は「無言の圧」をびしばしに感じてたかもな。

だから食べなくていい、てのはちと短絡的で、つまりは「自分がどのくらい食べられるのかちゃんと知っておけ」てことだよな。ガキんときはカラダが欲してる量とか、自分が苦手とするものとかがよくわかってなかったりするけど、まずはそれを「わかるようになる」のが大事なんじゃないのかね。

何かこれについて語りだすとえらく長くなってしまいそーだ。コンビニがやーっと「食品ロスを減らすための戦略」を練り始めたみたいだけど、一時期でも飲食に関わってた身としては、言いたいことが山ほどある。「インスタ映え」のためにメガ盛りとか頼んで食べきれずに残すとか、食材(食品)廃棄をただ「もったいない」という観点で捉えるのは間違いだ。と思う。これは

  作り手に対して失礼

なのだ。調理した人だけではない。野菜作った人、米作った人、流通ライン、製造ライン、その他の大勢の人が関わってくれたことで目の前に出てきた皿なのだ。敬意を失えば品位も失うことになる。わかってるようでいてわかってない人がどんだけいるのか、てことだ。
満腹すぎてもー動けない~、と言いながら帰ってきたらハハが『あなたはこれから働くんだからいいのよ』と言われた。ま、そーなんだけどさ。でもちゃんと夕飯も食べられたわけだから、どってことなかった、てことだよな。









(-"-)


by yukimaru156 | 2019-06-02 02:02 | 我思う | Comments(0)
先日、友人とのメールのやり取りン中で『大量生産、大量消費の時代は終わって、次はどうなるんだろうね』とあった。ふむ。どーなってくのかなー、とつらつら考えながらチラシ整理の続き。

まーカクジツにIOT? だっけ。家電のパソコン化が進むとゆーか、何でもかんでもやってくれるよーになって、まず間違いなく日常生活のキャッシュレス化が進んで、「情弱(情報弱者=あたし)」がてんてこ舞う形になり、そしてこーなる。

  全体のコミュ能力がガタ落ちになる!

と思うんだよね~。何かもーただでさえコミュ障? な人が周囲に増加してる気がしてるのだけど、それが輪をかけて拡がってく気がするのはあたしだけかね。電車内とかでもみーんなすまほいじってて、それでラインとかして「絶えず誰かと繋がってる」状態でいるつもりでいるけど、実は「実際には誰とも繋がってない」とも言える。仮想空間とまではいかなくても、似たような状況とゆーか、世界を相手にしてても「隣人の顔を知らない」「挨拶したことない」「知らない人としゃべったことない」人が増えて、しかもそれを「良し」としてる(気がする)。何かまともに人と話をしてないなー、と思っても、それを「まずい」とは思わない。会話は楽しむもので、そこから汲み取ることのできる(顔色や態度や声音とかの)情報はちっこい画面から提示されるどんな情報より有意義であるはずなのに、「会話は煩わしい」と思うのであれば、それはもーコミュ能力低下の進行をせっせと進めてるよーなもんではないか。

長い文章を綴れない、言葉を省略するだけでも不自由で(面倒で?)、スタンプだけ押してる、というのは「自分の中にある感情を言葉にできなくなってる」わけで、でも共感はして欲しいから「いいね」してもらいたいので写真はあげる。そもそも「いいね」がいっぱいついたらシアワセ、と思うところからしてヘンじゃね? とツッコみたくなるんだけど、かくゆーあたしもこのブログの閲覧数はチェックしてるわけだから人のこととやかくは言えないのか。
いや、でもこのブログは閲覧減っても増えても続けてるけどね。(つか、たまにいきなり増えてびびるんだけど) この「無駄に長い文字だけブログ」は、自分の中の感情整理のためでもあるからいーんだけど、「いいねボタンが欲しい」てのは数ある人間の欲求の中の「承認願望」だよね。認められたい、という。ちっこい画面の向こう側の人に認めてもらうことで満足する、てのは何かそれだけで世界を狭くしてるような気がするなぁ。それより目の前の人(店員サンとか配達人とかでも)に気軽に「ありがとう」とか「お疲れさま」とか言って「認めてあげた方」が世界は美しくなっていくと思うのだけど。

何かまとまりがつかなくなってきてしまった…世の中のいろんなモノが便利になって、頭使わなくてもいいよーになって、シアワセのモデルケースというのがなくなって個別化が進み、個々人の世界は膨張してるように見えて実は縮小してる…のではないかなー、その「果て」てのは何だろなー、と思ったのでした。ホント、何だろね。

ハハは1人で(味噌が安いので東松原まで)買い物へ行く、と言ってたのだけど、あまり具合がよろしくないよーなので「あたしだけちゃっと行ってこよーか?」と言ったら「一緒に行って」となった。味噌とあと少々の買い物、のはずが牛乳とかパスタとかトマト缶とか玉ねぎとか結構な重量になって、チャリで来なかったことを後悔した。ハハと行くとチャリはただの「カート」となるのだけど、それでもないよかマシだったよなー。

夕方からシゴト。いつもより早く終われた。何ごともなくて良かった。昨夜みたいな無茶ブリ(てほどでもないけど)もなかったし。そしてチラシ整理はやっぱり終わらず。てゆーか、とりあえずここまででヨシとするかなー、て感じ。そろそろ何か作らないと作れなくなる気がしてきて怖いよ。










(=_=)
  

by yukimaru156 | 2019-01-28 01:32 | 我思う | Comments(0)
今朝は目覚ましが鳴ったので起きられた。どーして「鳴る日と鳴らない日」があるのかわからん! 先週もその前の金曜も鳴らなかったのだ。(鳴らない日はハハが階下から声をかけてくれるので起きられる)

ともあれ午前中はシゴトして、帰宅したらハハがこの数日、調子が悪いと言ってた携帯が『ついにダメだ!』と言ってきた。
『毎日充電してても電話できなかったりしてヘンだなーと思ってたんだけど、(友人がたちが)自分もそれでダメになってスマホに切り替えた、て言ってたから、これももうダメなのかも…』
あたしのガラケーよりさらに古い機種で、かれこれ5年は使ってるからホントにもうダメなのかもね。
そういうわけだから付き合って、と言われ、ケータイ店へ。買い物は特にないからチャリでなくていい、とゆーので2人で1駅先まで歩いてった。店員サンが見て『バッテリーが劣化してるのかもしれませんね』と言って調べてくれた。スマホにすべきだ、と推されるかと思いきや『バッテリー交換で済むならその方がいいのでは?』 ふむ。まぁ確かにそのーりなのかもな…とハハを見たら、すでに切り替えるつもり満々だったらしいハハはちょっとフクザツな顔してた。

ついでにあれこれ調べてくれた店員サンが戻ってきていきなり『スマホにしましょう、スマホに切り替えた方が安いです』と言いだした。ここへ来る道中、ハハの携帯が月7000円近くかかってると初めて知ってびっくりしたのだけど(あたしは大体3000円前後だ)、いまだったら何だかんだの割引でそれより安くなると言う。そりゃそーだな。
で、結局スマホに替えることになったのだけど、『免許証でも保険証でも、身元がわかるものを』と言われ、ハハが『え』と硬直。こっちこそ『え』だ。持ってきてないんかい! スマホ代の4万ちょいだかを分割ではなく即金で払えばそれはいらない、てことだったから『そうしたら』と言ったのだけど『あなた取ってきてよ』で再び『え』だ。
『20分もあれば取って来れるでしょ?』
『ムスメさんをパシらせますか! はっはっは!』
何てこと言ってくれるんだ、この人は! 今日はチャリじゃないんだぞ! とむっとしたんだけど、『そのくらいで戻られるんでしたら…』と会話が進み始めてしまったので『30分はかかります』と言って店を出た。

走ってやる理由はねーよなーと思いながらスタスタ歩き、戻りは当然チャリで、25分で店に着いた。着くなりハハに『今日、自転車じゃなかったのよね、ごめ~ん!』と謝られた。あたしが出てくまで気づかなかったらしい。
その後、契約内容からデータの写しから何だかんだで結構な時間が経ってた…こんなにメンドなもんなんか。
操作はムスメさんに訊けば…みたいな話になったので『あたしは持ってないんでわかりません』と言ったら今度はあちらが『え』だった。
『でしたらこれを機会に一緒に』とゆーのでにっこり笑って
『その必要がある、と思ったら替えます』と応えたら「こりゃ無理だ」と思ったのかそれ以上何も言ってこなかった。

あれこれ終わったころには陽も傾き始めてて、『お詫びしたい、ケーキをご馳走する』とシンミョーな顔で言うハハに『チャリ置くとこないし、セーユで庭箒買うんでしょ』とそっちへ移動。悪くない箒(とチリ箱のセット)が買え、しかもシクラメンが698円という安さにびっくりしてたらすぐそばに(同様の大きさの鉢が)100円でさらにびっくり。『買う』とゆーのでそれも買い、喫茶店はやめてこーじこーなでケーキ買って帰宅した。夕飯作るのが精いっぱいで(今夜は白菜と辛子醤油に浸けた豚スライスの「ミルフィーユ」)、あとはなーんも
する気になれなかった。

ひところちょっと問題になったせいでスマホ料金もだいぶ安くなったと思うけど、それにしても「月5000円の使用料」て、元が取れてると言えてるのかずいぶん怪しいよなー、と思ってしまった。あたしのガラケの3000円だって元取れてる気はしないし。何かすでに「元を取る云々」の話ではなく、安心代? みたいなもんだよね。そりゃビシバシ使いまくって活用してる人も多いと思うけど、「それを欲さない人」も確実にいるわけだから、そういう人に月々この金額ってどーなんだろな。安心代としても高い気はするな。そんで元を取ろうとしたらどこだろうと誰といようとぴこぴこやるみっともない姿をさらすことになるんだ。そうやって目と耳を劣化させて自覚なく振り回されて、行きつく果てはどこなんだろね。

そーそ、スマホ買ったときに「防護シール」を勧められてそれも買ったんだけど、これが2980円て高くない?! そんなにするもんなの?! あたしのガラケのシール(サービスで付けてくれた)とは別もんなのかね? ちょっとびっくりだったよ。

あ~、何もしてないのにくたびれたー。何だかな~、な1日だった。









( ̄ー ̄)

by yukimaru156 | 2018-12-01 02:11 | 我思う | Comments(0)
普段ドラマとか観ないハハが『観たい』とゆーので録画してる『ぼくとシッポと神楽坂』を、ちょっと観てみた。マンガ原作の、町のちっさな動物病院の話で、何でハハが観たがったのかとゆーと「雪丸の仕事がどんなもんかわかる」からだそーだ。あたしは獣医でも看護師でもない、ただのパートなのでこれで「どんなもん」かわかられても困るのだけど。

原作は結構な巻数が出てて、1、2巻だけ読んだ感じでは、いまのペット事情とか動物病院のこととかよく描かれてるなー、派生して別の動物病院の話も描いてるから「ちゃんとわかってる」人が描いてるんだなー、と思ってたのだけど、ドラマはまた別。なことくらいわかってたので、そのあたりは目ぇつぶって観てたのね。

で、先週の話で「難しいオペをするか否か」という展開から『失敗する可能性が高いから(オペを)しない』『1%でも可能性があるならする』の2択みたいなことになって、飼い主は「少しでも可能性があるならそれに賭けたい」。大きい病院の方は「しない」、ちっさな診療所の方は「する」という立場で結局(飼い主の意向もあって)オペをするのだけど、その成否云々ではなくて、この「2択しかない」という「話の持って行き方」にどーにも納得できないで参った。ウチのセンセたちだったら明らかに「第三の選択」をする。そしてたぶん、その選択がいまの動物医療のやり方ではないかなと思うのだ。

『危険だからオペをしません』と言われたら、飼い主はオペしてくれるところを探す。見つかるまで「家族」を連れ廻すことになる。それがその「家族」にとって負担となるにもかかわらず。
オペをすれば亡くなることもありうる。それでも「賭けたい」気持ちは充分理解できる。その上で『オペはしない、その代わり最期まで心穏やかに、負担かけることなく過ごせる方法を探す』のが、「第三の選択」だ。納得できない飼い主にはとことん説明する。考えなくてはいけないのは「家族の命」だから。看取るのは飼い主の責任だから。カラダに負担かけさせて少ない確率に賭けるのは決していい選択肢ではない。それを堂々と『やります』と宣言させてしまうあたりがちょっとムカつくとゆーか、それを「カッコいい」ように見せてるあたりがハラ立つとゆーか、であった。まー「ドラマ」なんだけどさー。ペット飼ってる人が「診てもらうならこういう医者に」とか思われたらイヤだなぁ。

『オペをすれば大丈夫、と思い込んでる人が多過ぎる』、と以前インチョがぼやいてたことがあった。オペ信仰とでもいうのかね。オペがカラダにかける負担(ドラマでは「麻酔ナシでオペしたんかい?!」と毎度突っ込んでる。麻酔が厄介なのに!)は想像の範囲外みたいだ。「シャンプーはとても体力を使う」から「すごく疲れるもの」であることも知らない人、多いしね。
大体、ドラマとして盛り上げたいせいか、オペやりすぎるよ。いまは薬でもいいのがいっぱい出てるし(大抵は人と同じモノだけど)、2日に一度点滴に通う子もいるし、家人のいない日中に預かって夜には家族の元へ帰す、という子もいる。もう、ほんとに危ない、いつどうなってもおかしくない、みたいな状態になったら、酸素室から出して「最期は家族と過ごせるように」手配する。そういうのは描かないのねぇ。みんな『私は失敗しないので』みたいなのを求めてるから? オペ礼賛ておかしいとか思わんのか?
「いかに看取るか」が大事なのは人も犬猫も一緒なはずだけど、そこは「飛ばしたい」みたいだ。

ちょこっと書くつもりが、だだーっと書いてしまった…。今日は三茶へハハのジーンズ(裾上げしたので)の引き取りに行き、ついでに個展とアート楽市ですっからかんになったOPP数種を買いに行き、ついでに夕飯の買い物をし、帰宅してからは0円マーケットへ不用品を持ってった。そんでシゴト。それよりこれ書くのに労力使った気分だ。










(=_=)

by yukimaru156 | 2018-11-11 02:37 | 我思う | Comments(0)
先日新調したエプロン(どーぶつ病院で使うヤツ)は無地の赤なのだけど、デザイン的には気に入っている。撥水加工されてるし。が! 思わぬことが発覚してしまった。わんこにゃんこの毛がものすごーく付きやすいのだ…長毛の子を保定なんかしたらば、上半身毛だらけになる。もちろん拭けばすぐ落ちるけど、診察が終わったらまず診察台を滅菌水に浸した雑巾で拭き、すぐ「次の子」の診察になるのだ。(会計はスタッフの誰かがやってくれる) 自分もささっと拭きはするけどね、丁寧に拭いてる間はないから、あちこち残っててみっともない…て話をしたらば、カンゴシさんが『病院にあるエプロン、使ってくれていいんですよ』と出してくれた。

そのエプロンはトリマーさん用らしく、軽くて撥水もしていーんだけど、そんでもってポッケのとこに某ペットフードメーカーのロゴが入ってるのも別に気になりはしないのだけど、すっげー肩が凝る…。あたしはどーも「首に紐をかける形のエプロン」が苦手らしくて、首後ろがすぐ痛くなるのだ。そしてそこが気になって肩が凝る…らしい。そういう意味では、前に使ってたチェック柄のナイロンのエプロンが合ってたんだなぁ。
そーそ、首掛け型のもひとつの問題が「後ろがら空き」。その下はTシャツ(真冬でもTシャツ)なんだけど、バックプリントだと絵が丸わかりなので考えなきゃならない。それもまた問題でねぇ。あたし、背中に絵の入ってるTシャツ、結構多いんよ。んーむ…。

なーんてことをハハに話したらば、『今日は自分の箪笥を片付ける』とがさごそしてたハハが『いろいろ出てきたわよ』と言ってエプロンを7、8枚出してきた…未使用のをそんなに持ってたんか! だけど、見るとみんな「番宣エプロン」。つまり父が現役時代(某テレビ局の広報部にいたとき)のモノで、胸にでっかく「ごちそうさま」と入ってる。むかーしやってた、料理番組のタイトルね。(確か高島夫妻がやってたんではないかな) さすがにこれは着れないわ。これはもー古着回収に出しちまう予定。(バザー用の方がいいのかな。誰か着る人いるんかなぁ?)
やっぱり形としては、毛のつきにくいナイロンで、首掛けではなく割烹着の袖なし、みたいなのがいいみたいだ。(先日買ったエプロンはナイロンと綿で綿の割合の方が大きい) たかがエプロン、されどエプロン、だぁねぇ。

昨日読了した本(新書用のブックカバー付き)と、先日作った、カレンダーのレターセット12組(作れる仕様になってるカレンダーだったのだ)、そして、だけではちょっとなー、と思ったので乙一の『GOTH』をレターパックに入れて、お見舞いの手紙を書いて姪のHRに出した。(レターパックライトを買ったとき『ポストに直接入れるタイプです』と毎度言われるんだけど、それ言うなら普通郵便だってポストに入れるじゃんね? 今日こそ突っ込もう、と思ってたのに忘れてしまった…。

突っ込みたいと言えば、ハハの好きなカルシウム煎餅。パッケージに堂々と「魚の美味しさをシャットアウト」てあるんよ。いやいや、シャットアウトしちゃダメでしょう、そこは。遮断(除外?)されちゃうじゃんね。「旨味を凝縮」てなこと言いたいんだろなとわかるけど、敢えて突っ込んでやりたい。つか、誰も突っ込まないのかなー、不思議だなー。
パッケージに突っ込みたいのはもーひとつある。事務用シールね。どのメーカーか忘れたけど、値札に使ってるシールで、「水不要のシールです」て書いてあんのよ。「水が必要だったシール」の存在を知ってる人っていまどんだけいるの? あたしだってうろ覚えなのに。(切手とまた違うのよ、そのシールは) きっとずーっと昔から変わらない表示なんだろね、どちらも。そしてメーカーさんもそのデザインでイイと思ってるからいまさら読んだりチェックしたりしないんだ。(たぶん) 突っ込む相手がわかんないけど、突っ込んでやりたいモノの話でした。










( ̄▽ ̄)

by yukimaru156 | 2018-11-08 02:09 | 我思う | Comments(0)
ふぅぃ~、ねむねむぅ~。でもだいぶできた(気がする)し、何とかなりそう…かなぁ。まだ油断できないけどさ。
今日はホントに部屋に引きこもってた。個展前からこの「いちんち引きこもり」が多くて、つまりは「ちぎりまくり」で(ちぎってるだけでなくてその前段階もあれこれあるけど)、何つーか「ジュージツしてたな」と思う。結果はどうあれ、だけどさ。傍目には暗そーだしつまんなそーだろーけど、本人は楽しい。これも「出店(展)する機会あってこそ」なわけで、そーでなかったらちぎってはいないんだろーなー。

昨日の「ばんざいマグネット」も含めて、しくった、こーではなかった! みたいなのもいくつかあったんだけど、3種のちぎり文字カードもできて、ガラスボトルやペーパーウェイトへのちぎり貼りも無事完成。あとはガラス豆本アクセを2つ3つとくらいでOKかな~。まとめてみないとわかんないけど。にしても、完売してないはずのガラスの箸置きがどこにもない…どこいったんだ? まーなくても困らないけどさー。(困るのは欲しいと思って来た人だけだ)

何作ってたかとかそれがどーしたとか、そゆことごにょごにょ書いてもしょーがないので、昨日チャリ置き場で思ったことなど。
最初の3時間無料のチャリ置き場は、前輪を固定する形の、まぁどこにでもある駐輪場なんだけど、自分のチャリの数台向うで、ジョシ高校生が自分のチャリを出せず半ば自棄になってたのね。見たら両サイドに大型の、前後にガキんちょ乗せられるママチャリでさ。ハンドルとかカゴとかチャイルドシートとかに阻まれて、彼女のチャリがどうしたって出せないのよ。なので手伝ってあげたんだけど(つい先日も小学生ダンシのこれを手伝った。彼の方が大きくはっきりお礼が言えてた)、あのチャリって何つーか暴力的だよね。そりゃガキんちょ乗せるためには頑丈である必要があるけど、チャリ置き場での威圧感ハンパない。ここに停めるな、たー言わないけど、少なくともレーンを別にするとか、隣との距離を開けるとか(いまさら無理だけど)しないとダメでしょ。

も1つの、1日100円(回数券買うと1000円で12枚綴りなのであたしはこちらを使ってる)の駐輪場では専用のレーンを設けてて、大型はそこにひしめき合ってる。(あれはあれで出しにくそうだけど、人のこと言えないチャリに乗ってるんだから諦めもつくか) そのレーンだけ前輪固定の装置のない、平坦な場所なので、ここのように常駐の人がいないところでは無理かもねぇ。にしてもここ数年でいきなり増えた気がするね、あの大型ガキんちょ乗せチャリ。あれ、電動だったりもするんかな。

チャリの話書いてて思い出したけど、夏になるといきなり増殖する、紫外線カットのサンバイザー(と呼ぶのは妥当ではない気がするな。あれは何と呼ぶのだ?)を装着した方々。彼女たちのことを「カナブン」と呼ぶのだそーだ。この夏に初めて知った。『黒くて傍若無人に結構なスピード出して飛ぶ(走る)から』だそーだけど、運転手が怖いと思うのは、その運転ではなく、まさにあの黒い仮面であるらしい。その理由が
『アイコンタクトができないから』
こっちの車に気づいているのか、そこを曲がるつもりなのか、どっちへ行こうとしているのか等々、通常ならチャリの人の顔を見て暗黙の了解できることが『まるでわからない』。(それでいてぶつかったら車の方が悪い、となる立場にある) この記事読んだときは「そっかー、だよな~」と運転手に同情した。

でさ、思ったわけよ。いまは紫外線カットのクリアなサングラス(あたしも1つ持ってるんだけど、ただの伊達眼鏡にしか見えない)、てのがあるんだから、当然このサンバイザーでも作れるはずだよね? 見かけたことないけど。つか、もし見かけたとしたら「ぷ」とか笑ってしまいそーだな、いろんな意味で。
あたしもゴジューを過ぎたんで、シミシワいっぱいだし、特に手入れしてないどころか化粧もしてないので見た目よろしくないことは承知してるんだけど、それでもカナブンしたいたー思わないなぁ。美白を美徳と思ったことないしさー。でもそー言えばあたしの周囲にカナブンしてる人っていないなー。きっと「してる人の周囲はみんなしてる」口なんだろな。

さて、もーちょいやって、今日はちょっと早く寝よう。そんで明日は「震災支援くじ」だ。2日分、足りるかなぁー、足りないだろなー。









(゜-゜)

by yukimaru156 | 2018-10-18 01:36 | 我思う | Comments(0)
昨日の搬出荷物をほどくことなくほったらかして(豆本の搬出入に慣れてしまうと、通常の出店がいかにしんどいことかと思う。つか、もー戻れない! とすら思うな)、今朝から文字ちぎり。DMのね。「やれるかどーかやってみないとわからない」からやってるんだけど、20文字ほどちぎって、まだちと微妙。いける気もするし、無理(無茶)な気もするし。爪の状態があまりよろしくなくて、てのもあるけど、ちぎらずに、この絵に合うと思われるフォントを入れてもらった方がいいんじゃないかなー、とか。

今回の豆本展の展示で、数ある豆本の中、どうやら自分だけが「書き文字」で豆本作ってたみたいで、部数が伸び悩むのはそのあたりにも原因があるんではなかろーか…てなことを昨日、IZさんにちらりと言ったのね。『それはない!』と即否定されてしまった。
『雪丸は字がキレイになんだからこれでいいんだよ、私みたいにキレイに書けない人は印刷するしかないけど』
『でもさ、印刷だとどんなに小さくても読めるけど、書き文字だとそうはいかないじゃん? あまり小さいと読みづらいし。それに何てゆーか、書き文字の本て印刷された本よりワンランク下に見える気がするんだよねぇ』
『だからそれはないって!』
ないかなぁ…何か字がキレイとか汚いということではなくて(あたしの字がどっちかは別として)、まるで市販されてるかのような美しい仕上がりの豆本の数々を目にしてると、自分の本がとてもちゃちく、拙く見えるんよ。これじゃ売れないなー、とかさ。

かといって、じゃああたしの豆本の文字も印字すればいいか、とゆーと、「手作り豆本」という範疇から外れてく気もしなくはなくて、それに「ちぎり絵+書き文字」は、これはこれで合ってるようにも思うから、この手法を変えるつもりはいまのところないんだけどね。
つまるところ『この絵でこの文字でこの本だからいいのだ』と思ってくれる人に出会えるのを待つしかないのだろーな。(待つだけじゃなくてこーしていろんな豆本展に顔を出してくことが大事なわけだけど)

今回、書き文字ではないけど「全頁、消しゴムはんこで作りました」という、豆本があったのね。確か夢野久作とか中原中也とかの短編や詩を作ってたと思うけど。あ、新見南吉もいたかな。それとは別に木版とかの人もいて、彼女たちの字は「自分の字を彫ったもの」じゃん? つまりそれだけでその人自身の味があるわけで、目指すならこっちだとも思う。

  てことは「ちぎり文字で豆本」か?

まぁ、これまでもちぎり文字を入れてるわけだから、正確には「文章もちぎるか?」てことだけど。まぁ、何とハードル高そうな…縮小すればいいのか。何かちぎり絵豆本とか「全部「実物大」です」と断ってても、そこを気にしてくれる人ってあんまりいない気がするしねぇ。余裕があったら一度挑戦する価値は…あるのかないのかわからんな。まぁ、確実に「味」はあるだろーけどさ。

なーんてことをかつらつら考えながら1.5cm角くらいの文字をひたすらちぎってたんだけど、日中、ちょっと買い物に出た。スーパーで牛乳とすいかの1/8サイズを買った。初物だわ。暑かったけど、水害被災地のこと考えると何とも気楽で申し訳ないよな気がする。この夏は(昨年まで何度か出展してる)岡山の豆本展には出ないのだけど、あちらは大丈夫なのかな…大丈夫、てことはないか。開催(8月)まで流れたりしたら、作家さんたちも可哀想だな。

夕方からシゴト行ったら、1人お休みでバタバタしてて、明日は2人お休みと知ってさらバタバタになるんか! とちょっとびびった。今日の帰宅は10時半過ぎだったけど、明日は11時廻るかもなー。
それよりどーすんだ、DMのちぎり文字は!








( ̄▽ ̄;)

by yukimaru156 | 2018-07-10 01:49 | 我思う | Comments(0)

ちぎり絵ざっか作家 さゆきの  雑記帳


by yukimaru156